突然降り出した冷たい雨。 何故だろうか。その中で凛と咲く花は、悲しみに耐えているあなたの姿に似ていると、そう思った。 雨は嫌いじゃない。頬を伝う温かい水も一緒に流してくれるから。だから私は、ただいつもと違う空を見上げて瞳を閉じるのだ。その中で、想い描くのはあなたのこと。 いつもと違うのは空ばかりではなかった。記憶に新しい貴方も、また。 忘れもしない。それは、月の綺麗な夜だった。 ねえ、どうして? 「……嘘、でしょ?」 それは、嘘だと思いたかった。情けないくらいに声が震える。 目の前の少年が――リオンが告げた言葉。彼の口から出たそれは、私にとって残酷なものでしかった。 「嘘ではない。これ以上僕に関わるなと、そう言ったんだ」 一緒に旅をしてきたのに、ずっとあなたを見てきたはずなのに。 わからない。じゃあ、どうしてそんなに悲しそうなの。どうしてそんなに苦しそうなの。 「リオン……」 その整った顔立ちも、艶のある漆黒の髪も、意思のある吸い込まれそうな紫水晶の瞳も、全部ぜんぶ確かにあなたなのに。もうそれは、別の存在のように遠いみたいだ。 「ねえ、私……何かした、かな?」 「………」 長くふっさりとした睫毛の下で揺れるのは、憂いの眼差し。その瞳が見つめる先で、あなたは何を思うのだろう。 「ねえ、答えてよ。リオ――」 「聞こえなかったのか」 「……!」 「もう一度だけ言う。もう僕に関わるな」 ああ、視界が滲む。世界が揺れる。 私の記憶の中の貴方は、こんなにも綺麗に笑ってくれてるのに。目の前にあるその瞳は冷たくて、でもどこか寂しそうで。それを隠すように瞳をふ、と閉じると彼は、そのまま背を向けて普段と変わらない足取りで歩み始めた。 それが、彼と私の最後だった。 「リオン……」 閉ざされてしまった唇。いや、閉ざされたのはもっと根本的な部分である心かもしれない。 彼は私の目の前から姿を消した。関わるなと告げて、それ以上何も語ろうとはしなかった。 私は知っている。壊れてしまいそうなほどに苦しそうな表情を見せたあなたを。だったら、どうしてあんなこと言ったの? でも、私は知らない。その心を傷付けずに癒せる術を。だったら、せめてあなたの痛みを私にください。 いつもは意地悪に思える雨雲が、今日は厭に優しい気がして、また目から雫が溢れた。 「エミリオ……」 私とマリアンだけが呼ぶ、特別なその名前。リオン・マグナスとして生きていくことを決めた彼から預かった、大切な名前。今更、それを呼んだところでもうあなたには届かないのに。届いたとしても、それは物理的な話でしかない。きっと彼の心には響かないし、届いてはくれないだろう。 ああ、雨よ。このまま、私の体温も奪ってくれても構わないのに。この気持ちも、一緒に地中深くまで溶けて沈んで、消してくれても構わないのに。 あの日、見上げていた月に消えゆきそうなあなたが浮かぶ。双眼の細められたアメジストは、月の光を受けて輝いていた。そんなあなたをそのまま包み込んで引き止めたくて、でも触れてしまえば消えそうで。 想い出という記憶の中を確かに照らす光はあるのに、その中に貴方を誘うことができる光さえもう私にはなかった。 君に繋がる一雫 ((どうか許してほしい)) (突き放されても、まだあなたを) (突き放しても、まだ君を) ((こんなにも愛していることを)) (許されるのなら、あなたとの帰らぬ日々をもう一度) (許されぬのなら、この罪を雨と共に流してくれ) (全ては君を護る為に) 時間軸は神の眼を奪う前。 |