短編集

□モノクロの世界が滲む
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 ああ、これは夢だろうか。


「リ、オン……ど……し、て……?」


 痛い、苦しい、悲しい。

 傷口が、まるで燃えているように熱い。確かめるように胸元に指を這わせればぬるり、とした感覚。掌から、指の隙間から零れ落ちるそれ。己の身体から溢れる鮮やかな紅は、止まることを知らない。ぽたぽたと流れ落ちる雫は、地面に紅い水溜まりを作った。


「……どうして、か。何故そんなわかりきったことを聞く?」
「な、……に……?」


 どくん、どくん、と鼓動がやけにうるさい。


「僕は、お前達を裏切った。……それだけだ」


 酷く冷たい視線が、地面に這い蹲っている私を見下ろした。
 この人は誰?血の滴る剣を握り締めた、冷めた瞳の血濡れた少年。こんな人を私は知らない。


「ぅ……あ、あああ……あ……」


 声にならない声が、声帯を震わせる程の力もなく、溜息にも似た重苦しく震えた声だけが、微かに開いた唇から漏れる。
 必死に彼に伸ばした手は届かず、力なく血溜まりの中に音を立てて落ちた。ぱしゃ、という水音だけが海底洞窟に小さく響いた。じわじわと浅く広がっていく真っ赤な世界。


「……信じ、てた……の、に……」


 彼の紫水晶の瞳が、ぐらり、と揺れた。


「この期に及んで、どうしてそんなことがまだ言える?なぜ剣を抜かない?なぜ躊躇う?……まだわからないのか。僕は、裏切り者なん――」


 裏切り者?リオンが?……違う。リオンは裏切り者なんかじゃない。

 だって、リオンは、


「仲、間……だから……」
「……!」
「リ、オンは……大切な、……仲間、だから」
「だから馬鹿だというんだ。お前といい、スタンといい……全くおめでたい連中だ」


 ふ、と口元に歪んだ弧を描くとリオンはシャルティエを構えた。
 ああ、シャル。君はなんて言っているの?ねえ、あなたのマスターは、どうして道を過ってしまったの?
 私は、ソーディアンマスターじゃないから彼の声は届かない。でも、彼から発せられるコアクリスタルの輝きが、酷くかなしいものに感じられた。
 ――瞬間、


「ぅあ、あああああ……!」


 振り下ろされた刃。

 もう考えることもままならない。視界には暗闇と紅が交互に映る。
 こわい。黒が、赤が……、私を、意識を奪っていく。
 光が眩しくなければ、空が碧くなれけば、悲しくなどはなかったのだろうか。頬を伝った雫はまだ紅く染まってはいなかったというのに、


「……リ、……オ、ン……?」


 もう、なにもきこえない。
 もう、なにもみえない。




(それは彼女の涙か、僕のそれか……)
(お前とは、別の形で出会いたかった)
(だが、これもまた運命、……か)


運命とは時に残酷なものである。人は自ら選択しているようで、実はその道を選ばされているだけなのかもしれない。


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