復活・日常生活集
□生きる理由
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どうも朝から調子が悪い。
いつものことと言えばいつものことだが、いつもと違った・・・・・何というか表現できないような調子の悪さ。
苦虫を噛み潰したような顔をして屋上へ向かう。
『大丈夫かよツナ』
『十代目、お体は大丈夫ですか?!』
心配してくれる彼らには悪いが、今日は屋上でサボらせてくれ。
このままあの場にいたら、きっと八つ当たりしてしまいそうだったのだから。
別に、何があったとかそういうんじゃないのだ。
ただただ、体がダルい。それだけのこと。
「疲れた・・・・・・。」
そう一言呟いて、屋上への階段を上る。
いや、待てよ?俺は一体何に疲れているんだ?
分からないまま、階段をゆっくりと、何かを確かめるように踏みしめて上っていく。
そしてため息をつこうと、下を見たとき。
赤黒い、水溜り。
「っ!?」
見た瞬間分かる。
これは、血だ。
だけど、自分の血ではない。
ため息して血が出るなら、今まで相当な数の吐血をしてきたことになる。
「誰、の血・・・・・・・?」
まるでどこかのホラー映画にでもでてきそうな表現だ。
その血は、まるで足跡のように屋上の扉へと続いている。
別に、辿って歩いているわけじゃない。オレは、ただ純粋に屋上へ行きたいだけなんだ。
そうだ、こんなものに興味はない。興味以前に、怖すぎる。
自分にそう言い聞かせ、屋上へと向かう。
その血は、途切れることのないまま続いている。
キイイィィ・・・・・・
扉をゆっくり開けるとそこに広がっていたのは、いつもの平和な風景―――――
ではなかった。
フェンスに手をかけ、うつろな目で立っている。
その手首は、真っ白いはずのシャツは、赤黒く染まっていた。
「・・・・・ちょっ、何やってるんですか!?」
わき目も振らず、突進するかのようにオレは走った。
その人は、オレが近づくとめんどくさそうに視線を寄せて、不敵な笑みを浮べた。
「あーああ、見つかっちゃったか・・・・・・・。ざんねーん。」
まるでかくれんぼしていて、見つかってしまった子供のように言い放った。
ざんねん?何が?
見ての通り、この人は・・・・・・・
死のうとしているのだ。
「ちぇー、今なら授業中だから誰にも見つからないと思ったのに。」
「ちぇーじゃないですよ!!あ、危ないですよ!!!!」
そう言ってやると、その人はまたフェンスの向こうへ視線を戻した。
「こんな時間にここにいるってことは・・・・・・あんたサボり?ダメだよーちゃんと授業は受けなきゃ。」
あんたには言われたくない、そう思っても言えるはずがないのだ。
そして、この状況の危なさにもう一度気がついて、慌てて腕を掴んだ。
するっ、と音を立てて崩れ落ちそうなほどその人の腕は細くて、すぐにも壊れてしまいそうで、血で染まっていた。
ぬるりと血の感触に嫌悪を覚えながらも、離すまいとその腕を掴む。
「何、をしてい、るんですか、?」
ロボットのように、無機質な声だったと思う。
カタコトと、初めて日本語を喋った外国人のように。
「見て分かるでしょ?自殺しようとしてるんだよ、自殺。」
「じっ・・・・・!?何バカなことしてるんですか!!」
「バカとは心外だなぁー。手首切っても全然死ねなさそーだったから、ここから飛び降りようと思って。
その手、離さないとあんたも巻き添え喰らうよ?死にたくなかったら、その手離しな。」
そうですね、といって手を離すわけにもいかず、より一層力を込めて腕を掴む。
今のオレは、きっと泣きそうな顔をしているんだろう。
その人は、『何故?』と問いかけるように苦笑した。いや、バカにしたような顔だったかもしれない。
「・・・・・なんで、見ず知らずのあんたがそんな顔すんの?」
「死ぬなんて、一体、何考えてるんですか?いじめとかだったら、先生や友達に・・・・・・」
「死ぬのに、必要な理由ってある?」
えっ・・・、とオレは心底驚いた。
言葉を遮られたからではない、その人が不思議そうにオレに訊いたからだ。
「じゃあさ、あんたは私がいじめられてたら『ああ、そうか』って納得いくんだ?家庭環境がひどくて、ボロボロだったら『そうですね』って納得いくんだ?
そんなのは、違うでしょ?」
その人は、冷たい目で、闇夜のように黒い、輝きのない瞳で俺を見据えていた。
まるで、オレの中にいる『オレ』に話しかけるかのように。
「答えなよ、ねえ。」
急かすように訊いてくる。
オレはまるで、警察の取調べを受けているようなそんな気分になった。
だが、そう訊かれたって、答えようがない。
「・・・・・・ほらね。何も言えないでしょ?」
その人は悲しそうに、それなのにどこか嬉しそうに、そう呟いた。
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