ホラーお題 夢

□窓は境界線
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窓は境界線









『…迎えに、行くね』





そう言って、電話は切れた。











付き合っていた彼女、鈴歌(れいか)と別れた。
理由は他に好きな人ができたから。
鈴歌に別れを切り出した。
殴られる覚悟もしていた。
けど、彼女は
薄く笑って『いいよ』と答えた。

俺は何度も謝った後
鈴歌と別れ、好きな子に想いを告げた。

想いは受け入れられ、俺はその子
桜 亜加里と
恋人になった。

最初は鈴歌に申し訳ない気持ちがあったが
今は友達として接してくれる彼女に甘え
その気持ちは薄れていった。

亜加里と付き合い始めて1ヶ月の頃。
鈴歌から電話があった。



『岳人…』


沈んだ声。


「どうしたんだよ?こんな時間に」


今の時刻は23時45分。


「何かあったのか?」


鈴歌は何も答えない。


カラカラカラ…


窓を開けるような音が聞こえた。


『岳人…ごめん。私、まだ、岳人のこと
好きなの…』

「…ぇ…」


鈴歌の声は相変わらず低いまま。


『ごめんね。岳人のこと忘れようとしても
ダメなの…』

「そんなこと、言われたって…」

『分かってる。彼女のこと好きなんでしょう?
でもね、私も岳人が好きなの。

もう、どうすることもできなくて…』


俺は何も答えられなかった。

鈴歌のことは好きだけど、それはもう
友達としてで
今は亜加里のことが好きで
大切なんだ。


『岳人…戻れない?
また前みたいに…』

「…ごめん…もう、無理だ」

『…そっか』


暫くの沈黙。



『…迎えに、行くね』

「えっ?」


そこで電話は切れた。


迎えに行くとはどういう意味なのだろう。
鈴歌に電話したが繋がらなかった。


疑惑を残したまま俺は眠りについた。










朝起きると1つの事件に
家族が大騒ぎしていた。

何事かとその事件の内容を聞くと

氷帝に通う女子生徒が
自室の窓から飛び降り自殺をしたというものだった。

女子生徒は、鈴歌だった。


「嘘…だろ…」


急に寒気がした。
昨日の電話でのやり取りを思い出す。

俺のせいで…鈴歌が…。

自室に戻り力なくベットに倒れこむ。
 
鈴歌と過ごしてきた日々が蘇る。
涙がこみ上げてきた。


俺はいつの間にか寝てしまっていて
目が覚めたら夕方になっていた。



下に下りると心配した顔の母と目が合った。


「大丈夫?岳人…」

「うん…」



学校から電話があって、葬儀の日程を聞かされた。
鈴歌が死んだ…。
俺は信じられなかった。



葬儀に参列した俺はおじさんとおばさんに挨拶をした。
鈴歌と付き合っていた頃、何度か会ったことがあった。


挨拶を済ませ、焼香をする。
席に戻る時、親戚の人が話している内容が
俺の耳を掠めた。

『顔、潰れてて…』
『足や腕も、酷い状態だったらしい…』
『何で自殺なんて…っ』



俺は耳を塞いだ。

鈴歌の棺は閉じられていて見られなかった。




家に帰って部屋に籠もった。




携帯がメールの着信を告げても
俺は携帯を開く気にはなれなかった。









それから1ヶ月が過ぎた。



俺と鈴歌が付き合っていたことを知っていたテニス部の皆と
毎日、家に来てくれた亜加里のおかげで
俺は前みたいに笑えるようになった。









土曜日、今日は朝から亜加里が遊びに来ていて
母さんが亜加里に泊まっていくように勧めた。

俺も亜加里が大丈夫ならその方が良かったし
明日も休みということで、亜加里は泊まっていく事になった。


俺達はゲームをしたり、テレビを観たり
飽きることなく話をした。

ふと、時計を見ると 23時45分。



「岳人、そろそろ寝ようか?」

「…あ、ああ。そうだな」



俺はあの時の事を思い出していたために返事が遅れてしまった。

あの時電話がかかってきたのも確か同じ時間…。



もう、忘れよう。

俺は電気を消そうと立ち上がった。



「岳人、窓はどうする?」


窓のカーテンを開けて、俺に振り返る亜加里。

窓は閉められている。


「今日は少し暑いから、開けとくか?」

「そうだね」



亜加里が返事をした時
後ろの窓は外が暗く部屋の明かりを点けている為に
鏡のように部屋の中を映していた。

それを見て俺は固まった。

亜加里の後ろに人が立っていた。



後ろ向きに写っていない。
窓の外に、誰かが立っている。

2階の俺の部屋の窓の外に。



「亜加里!!」



俺が叫んだと同時に窓が思い切り開かれた。



「えっ…」


驚いた亜加里が振り返る。



そこに立っていた人影に照明があたり
暗くてよく見えなかった顔が見えた。



「鈴歌…っ!?」



鈴歌は口にゆっくりと笑みをつくると楽しそうに言った。







「 迎えに 来たよ 」







ガッ





「キャァァ!」





亜加里の体がふわりと浮いて
そのまま頭から窓の外へ傾いていく。



「亜加里!!」



俺は急いで亜加里の腕を掴んで腰に手を回した。

だけど

俺の体も無重力の空間にいるみたいに浮かんで

亜加里と一緒に窓の外へ放り出された。


下に落ちていく感覚に死を覚悟した。



落ちていきながら上を見上げると

俺達が落ちた部屋の窓の前で

鈴歌が悲しそうに俺達を見下ろしていた。












目が覚めた時、俺は病院のベットの上だった。
ベットの脇には心配そうに母さんが俺を見ていて
目覚めた俺に安堵して涙を流した。




庭から大きな音が聞こえて
父さんが見に行くと
俺と亜加里が倒れていて救急車を呼んでくれたみたいだ。


ああ、俺、助かったんだ…。



「あ!母さん、亜加里は?!」




そうだ、俺と一緒に落ちた亜加里はどうなったんだ!



「大丈夫、亜加里ちゃんも無事よ。
今、ご両親が来ていて、お父さんがお話しに行ったわ」

「俺も行くよ!話がしたい!」

「…そうね、分かったわ」



俺は母さんから亜加里のいる病室を聞いて急いで向かった。


病室の前には父さんと、亜加里の両親がいた。


3人は俺に気付くと驚いた顔をした。


「岳人。目が覚めたのか」

「うん、ごめん父さん。心配かけて」

「いや、無事でよかった」


安心した父さんから亜加里の両親に向き直り頭を下げた。



「おじさん、おばさん。すみませんでした。
俺のせいで亜加里を…」

「いや、いいんだよ岳人君。頭を上げてくれ」


俺の言葉を遮って、おじさんは言った。



「亜加里から何があったのか聞いたよ。

ありがとう、亜加里を守ってくれて」

「そんな!俺は亜加里を守れてなんか」

「そんな事ないわ。岳人君がいなかったら、亜加里は助からなかったかもしれない」

おばさんは優しく言い聞かせるように言った。


「亜加里も少し前に目覚めてね
行ってやってくれるかい?」

「はい!」



俺はおじさんとおばさんに頭を下げて亜加里の病室に入った。



「亜加里!」

「岳人!」


亜加里はベットの上で体を起こしていた。


「亜加里!良かった、無事でっ」



俺は亜加里を抱きしめた。

亜加里も俺の背中に手を回す。



「岳人も、無事でよかった」




俺が体を離すと、亜加里は着ていた検査着のようなものを脱ぎだした。



「なっ、何やってんだよ!?」



俺は慌てて亜加里の腕を掴んだ。



亜加里は俺の腕を解いて、背中を向けた。



「岳人…これ、見て…」



亜加里は背中だけ俺に見せるようにはだけさせた。



「っ!……こ、これ」



亜加里の白い背中には


赤黒い痣ができていた。

人の手の平の形をした痣が2つ…。



亜加里は服を直すと俺の方を向いて言った。



「岳人にも、同じ痣があるって…」










2階から落ちたにも拘らず

俺達に怪我はなくて

色々な検査をしてもらったけど

何もなかった。


この、赤黒く残った痣以外は…。













「岳人!起きなさい!」

「何だよ〜、今日日曜だろ?もうちょい寝かせてくれよ」

「もう9時よ?それに今日は約束」

「じゃぁ、あと1時間だけ」


中々起きようとしない俺に亜加里がニヤリと笑ったのが見えて
慌てて起き上がろうとするが遅かった。


「羽歌奈ー!優羽ー!
お父さんが起きるの手伝ってほしいって!」


「わーい!私手伝うー!」

「お父さん早く起きてよ!遊びにつれてってくれる約束でしょ!」


「ああー!分かった、分かったから!
起きるから勘弁してくれ!」



俺の上でピョンピョン跳ねる子供たち。

それを見て笑う亜加里。




俺達が不思議な体験をして
10年の月日が流れた。


俺は亜加里と結婚して
今では双子の父親である。

俺に似ている元気な姉、羽歌奈と
亜加里に似ていてしっかりしている弟、優羽。



「岳人、今日何着てく?」

「ん〜…この間買ったやつ着てくか」



何とか双子から解放された俺は
着替える為にパジャマの上着を脱ぐ。



それを見ていた羽歌奈が不思議そうに言った。




「なんでお父さんとお母さんには羽が生えてるの?」




俺と亜加里は顔を見合わせて笑った。



あれからあの痣は広がり続けた。

病院に見せても原因は分からず
痣はその色を濃くしていった。


このまま背中中に広がって
体全体に回ってしまったらどうしようと心配していた。


だけど、亜加里が双子を生んだ時から
痣の色はどんどん薄くなっていき、グレーに近い色にまでなった。
小さくなることはなかったが
これ以上広がることはなさそうだ。


痣は羽歌奈が言ったように
小さな羽のような形に見える。




「これはね、お父さんとお母さんが想いあっている証なの」



よく分からないという顔をしている2人を見て
俺達はまた笑った。



「よし、行くか!」

『うん!』









2010/06/30








 

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