ホラーお題 夢

□ついてくる足音
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ついてくる足音









ついてない…。

何でこんな日に限って忘れ物なんか…。



冷たい風が吹いて、身を縮ませる。
手袋やマフラーをしていても、覆う物が無い顔は冷たく痛い。

空はどんよりとして、灰色の重い雲に覆われて
夕暮れ時の空を暗くした。

私は15分ほど前に出た校舎に戻っている。

大事なプリントを忘れたからだ。

普段プリントなどはファイルに入れてすぐに鞄の中に仕舞うので
忘れるという事はなかった。

それが、今日に限って忘れてしまったのだ。

こんな、寒くて今にも雪が降ってきそうな空の下
手袋をしている手をコートのポケットに突っ込んで
巻いているマフラーで顔半分を隠し
足早に歩く私はちょっとどうかな、って思うけど
寒さには耐えられない。


30分ぶりに見た校舎は何も変わってないけれど
今日は全部活休みなので、生徒の姿が無く静まり返っていた。
電気が点いているのも職員室くらいだ。


空が暗いためか、少し雰囲気が出ている校舎に足を踏み入れる。

靴は仕舞わずに上履に履き替え教室を目指す。



授業中でさえも、こんなに静かな事は無いのに…
人がいない教室棟は耳が痛くなるくらい、静かだ。


電気が点いていない教室と廊下。
周りが見えないほど暗いわけじゃないけど、廊下の先や教室の隅などは
目を凝らさないとよく見えないほどだった。



教室に入り自分の机の中を漁る。
中にはファイルに入れられたプリントがあった。


これで帰れる。

鞄にファイルを入れて足早に廊下を歩く。

日が暮れるのが早いためか、先程より暗く感じる。

怖くなった私が走り出そうとした時
後ろから足音が聞こえた。

それは、私と同じく上履で廊下を歩く音。

私の他にも誰か居たのか。

人がいたことに安堵したけど、振り返った廊下は暗くて
足音を発している人物が見えない。

けれど、足音はこちらに近づいている。




怖い。



人でも、人以外の何かでも

姿が見えない恐怖は私の足を動かした。



鞄を強く握り廊下を駆け出す。

後ろを振り向かず、昇降口を目指して階段を駆け下りる。

階段の踊り場に足をついた時
あの足音が歩きから走りに変わり、私に近づいているのが分かった。




速い!追いつかれる。




恐怖と誰なのか確かめたいという少しの好奇心と
諦めで、私はその場に立ち尽くした。




「桜…!か?」



すると、聞きなれた声で確認するように紡がれた私の名前。





「…宍戸?」




階段の上から姿を現したのは、同じクラスの宍戸 亮だった。






「なんだー、もう。宍戸だったんだ…」





私は安堵の溜息をついた。





「やっぱり桜だったのか。行き成り走り出すから驚いたぜ」




宍戸は階段を下りて私の隣に立った。




「だって、暗くてよく見えないし…急に足音が聞こえたからさ…」


「だからって走ることねーだろ。逆に危ねーって」





宍戸は笑った。




「宍戸は何してんの?今日部活ないでしょ?」

「あー…忘れもん」




苦笑いで手に持っていた私が学校に戻る理由を作った
プリントをヒラヒラさせて言う宍戸に
「私も…」と同じく苦笑いで告げた。




「普段プリントとかは絶対に忘れないのにさー
しかも必ず今日持ち帰らなきゃいけない大事なプリントだよ?
不思議だよねー」




宍戸と一緒に昇降口まで歩きながら、思った疑問を口にする。



「そうだな。今日は部活休みだから人がいなくて不気味だしなー」

「そうそう。雰囲気出てるよね」




二人の歩く速度が自然と上がった。



広い校舎にもどかしさを感じつつ足早に歩いていると


後ろから足音が聞こえた。




また誰かいるのかな?



そんな視線を宍戸に向けると、宍戸も同じような視線を私に向ける。

二人は立ち止まり後ろを振り返るが、廊下の先は暗く何も見えない。




足音は変わらず聞こえてくる。



宍戸の時もそうだったし、私達と同じように
忘れ物をしてしまった誰かだろう。



そう思って歩き出した。



二人の間に会話は無く、聞こえるのは後ろから響く足音だけ。

近付く事も、遠ざかる事もなく、一定の距離を保っている。





「ねぇ、宍戸」

「なんだよ」




私は宍戸に小声で声を掛けた。
宍戸も小声で聞き返してくれる。

声を落とす必要は無いのだが、後ろから聞こえる足音に
自然と声をおとしてしまう。




「なんか、可笑しくない?後ろ…」

「…ああ。どうする?」




もしかしたら、後ろの人からは私達の姿が見えていて
近付く事も、追い越すこともできずにいるのかもしれないが

ずっと後ろから足音が聞こえるのは
校舎の雰囲気の為か、今は恐怖でしかない。





「少し速く歩いてみるか」





宍戸の提案で、速度をさらに上げ
早歩きになっているが、二人には気にする余裕は無かった。


これで離れると思った足音だが、離れることは無く
やはり一定の距離を保っている。






「ね、ねぇ…宍戸」

「走るぞ」





そう言って、私の手を握り引っ張って走ってくれる宍戸に感謝しつつ
後ろを様子見た。

やはり暗くて人の姿は確認できないが




足音が



私達に合わせるように



走っている。








「…っ!」





恐怖で息を呑んだ。


宍戸は走る速度を上げて、私の手を強く握った。



昇降口が見えて、急いで靴を履き替えて外に飛び出した。




外で中の様子を伺うも、外に出るまで聞こえていた足音は聞こえず
人の姿も無い。

乱れた呼吸を整えながら、宍戸の様子を伺った。

流石に呼吸に乱れは無く、ずっと校舎の中を見ている。






「なんだったんだろう…あの足音」

「さあな…。とりあえず聞こえなくなったし、帰ろうぜ?」

「うん…あ、手引っ張ってくれてありがとう」

「ああ、気にすんなって。桜1人置いて行くわけにいかねーだろ?」

「…そしたら明日には宍戸ヘタレ説が校内に広がってるよ」

「…冗談に聞こえねーから怖えよな」







途中まで一緒に帰って、それぞれの家の方向で別れた。

学校での事を忘れようとするかのように
明るい話題で盛り上がっていた為か

1人になったら、周りがやけに静かに感じる。


気を紛らわせる為に友達にメールを送ろうと携帯を取り出す。

メールを作成していると、後ろから足音が聞こえた。





ゾクリ。





学校で聞いた足音を思い出す。


確かに人通りは少ないけど、この時間帯は
帰宅する学生やサラリーマンの人だっている。

足音が聞こえるなんてあたり前の事だ。

学校での事と1人になった事で怖いと思うだけ。

そう自分に言い聞かせて歩く。


メールを打つ指が上手く動かない。
後ろから聞こえる足音に意識を持っていかれる。

足音は、一定の距離を保ってついて来ている。




どうしよう…。




私は少し先にあるコンビニに入る事にした。

店内を少し回って、暖かいミルクティーを買って外に出た。

周りを見回したけど、誰もいない。


それに安心して歩き出した私の耳に入ったのは

先程から聞こえていた足音。



靴によって足音は異なる。



もしかしたら、同じような靴を履いている人が
偶然私がコンビニから出るのと同時に歩き出しただけかもしれない。


そんな考えもできたかもしれない。


だけど、ずっと後ろから聞こえる足音による恐怖で何も考えられなくなる。



ポケットに入れた携帯が着信を告げる。





ディスプレイには宍戸の文字が。






「もしもし、宍戸?」




私の声は酷く安堵したような、そんな声だったかもしれない。

宍戸は私のそんな声に気にした様子は無く
言葉を発する。




「桜…今、大丈夫か?」



宍戸の声も、私と同じように聞こえるのは気のせいだろうか。




「うん。どうしたの?」

「今、どこにいる?」

「家の近所のコンビニ」

「店の中か?」

「え?もう、出たけど…」

「今からそっち行くから、店の中に戻ってろ」

「え?どういうこと?」






宍戸から返事は無く、ツーツーと通話終了を知らせる音だけが聞こえた。

私は少し歩いた距離を、聞こえていた足音を気にしつつ戻った。




足音は聞こえなくなっていた。




暫くして、走って来たと見える宍戸がコンビニに入った。

私は読んでいた雑誌を置いて宍戸に事情を聞く。






「どういうこと、宍戸?」

「とりあえず、外出るか…」

「…うん」





駐車場の端のフェンスに凭れながら、すっかり夜になった空を見上げた。





「桜…足音、聞こえなかったか?」





宍戸は視線を足元に向けたまま、私に問いかける。




「…宍戸と別れてから、足音が聞こえ始めて
怖くなってコンビニに入ったの。

外に出た時、誰もいなかったのに、歩き始めたらまた足音が聞こえて…」


「やっぱり、桜もか…」




重い沈黙が流れる。




「これから、どうする?」





宍戸の問い掛けに、どうしたらいいのか考えていると


再び、あの足音が聞こえてきた。

後ろから。

直ぐ近くにいるような、大きな音で。






だけど


私達が凭れていたフェンスの後ろは民家の壁で


人の姿は勿論


人が通れるスペースなどない。






足音はそれでも私達に向かって歩いてくる。

恐怖で、私は隣の宍戸の腕にしがみついた。

距離にしたら、私達の目の前にいなくてはいけない
足音の持ち主の姿は無く

そのまま私達を通り過ぎ、足音は遠ざかっていった。






「…桜、大丈夫か?」





宍戸の声は少し震えていた。

私は声を出すこともできずに首を縦に振る。




暫く立ち尽くしていたけど、宍戸が家まで送ってくれた。

会話は無かったけど、手を繋いでくれた宍戸の体温が掌から伝わって安心する。



宍戸は家にいたお母さんに、車で送ってもらった。







次の日



重い足取りで学校に行くと
あまり元気が無い宍戸に会った。


家に帰った後、登校時。

お互いに何事も無かった事を報告しあって苦笑する。


それからは、昨日の事について触れない事にした。






クラスの女の子数名が

放課後になると後ろから足音が聞こえる


と、怪談話で盛り上がっていた。



後ろから足音が聞こえた人は

その後も、足音がついてくるんだって…。







その怪談話のラストがどうなるのか




私には、わからない…。











2010/10/10











 

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