ホラーお題 夢

□霊界と繋がる電話ボックス
1ページ/1ページ







「あ――っ!」




隣を歩いていた謙也が突然大声を上げた。

それに対し、私と同じく並んで歩いていたユウジが顔を顰めた。



「なんやねん急に」

「ビックリした」



私達の言葉など聞こえていないようで、謙也は遠くを見つめていた。

何か見えるんか?と目を凝らして謙也が見つめる先を窺うけど、何も無かった。


「…録画予約忘れた」


ポツリと呟かれた言葉に溜息を吐いた。


「はよ帰って録画すればええやん」


ユウジの言葉に力なく首を横に振る謙也。


「あかん、もう時間ないわ」

「自称浪速のスピードスターやろ?間に合うかもしれへんやん」

「自称ちゃうわ!…けど後5分しかないで?流石に5分じゃ無理やっちゅ−話や」



私達は部活が終って先程学校を出たばかり。
謙也の家が学校からどれ位距離があるか分からないが
5分で家に帰って電源入れて録画…は無理があるか。

因みに私達は家が同じ方向なので特別用事がない場合
こうやって3人で帰っているが…面白い組み合わせだと思う。


腕時計を見ながら落ち込む謙也。

そんなに観たいものだったのか…。



「電話して家におる誰かに頼めへんのか?」



ユウジの提案にその手があった!と早速携帯を取り出し操作する謙也。

私とユウジはやれやれと謙也を見た。



「なんでやねん!圏外になっとる!!」



2度目の謙也の叫びに再び溜息。
こんな所で圏外って…。普通に繋がるでしょ?そう思っていたら
隣で携帯を取り出したユウジが少し驚いた声を出した。



「ほんまや、圏外になっとる」

「ユウジのもか…。亜加里のは?」



謙也に聞かれて携帯を開くと画面が真っ黒だった。



「…あ、電池切れ」

「……」

「論外やな」



ユウジの冷たい言葉に、希望を絶たれ哀愁を漂わせ始めた謙也。

気持ちは分からないわけではない。
だけど、携帯が繋がらないのだ。ここは諦めるしかないだろう。
そう思った時、電話ボックスが視界に入った。
携帯が普及した今、電話ボックスを見るのは中々ない。

今まで電話ボックスの存在に気付かなかったのは
必要としていなかったからだろう。

だけど、今の謙也にとっては違うはずだ。



「謙也、あれ見て!電話ボックスあったで!」

「ほんまか?!」



私は謙也の肩を叩き指を差して電話ボックスの存在を知らせる。



「電話かけてくるわ!」



ここで浪速のスピードスターの本領発揮。
電話ボックスに駆け出し、電話をかけるまでの時間はきっと測定不能だ。


彼をここまで駆り立てる録画したい番組を教えてほしいくらいだ。



「あんな所に電話ボックスなんてあったか?」

「気付かんかったけど、あってよかったやん」

「せやな」



謙也の電話が終るのを待っていると、突然雨が降り出した。

周りには雨を凌げる様な場所はなかった。



「亜加里、行くで!」



ユウジに腕を引っ張られ、連れてこられた先は謙也のいる電話ボックス。

電話中の謙也にお構いなしに私達は電話ボックスに駆け込んだ。



「狭い…」

「我慢せぇ」



狭い電話ボックス内に3人も入ったらギュウギュウの状態。

私達が入ってきた時、驚きながらも電話を続けた謙也も電話を終えたようで受話器を置いた。



「何しとんねん、行き成り入ってきて」



まだ驚いた顔をしている謙也にユウジが説明した。



「雨が降り出したんや。凌げる場所がここしかなかったんや、しゃーないやろ?」



私も同意するように頷く。
すると謙也は訳が分からないという顔をした。



「何言うてんねん。雨なんて降ってないで?」



その言葉に私とユウジは外を見た。

謙也の言う通り雨は降っていないし、道路も濡れていない。
雨なんて一滴も降っていないかのように。


何で?確かに降ってたやん…。



「なんや、止んだんか?」



ユウジが外に出た。

私も続いて外に出た。


あの雨は何やったんやろ?まぁ、降ってない方が今の私達にはいい事なので
止んだ方がよかったのだ。



「あ、謙也。頼めたん?」

「おん、大丈夫や。これで安心して帰れるわ」



心底安心したような顔をする謙也。

家に帰ったら番組表を見てみようと密かに思って、私達は家に帰った。








玄関を開けるといい匂いがした。



「ただいま―!」



キッチンにいるであろう母に帰りを告げる。だけど返事はない。

聞こえなかったのかとリビングに行くと、照明もテレビも点けっ放しで誰も居なかった。
キッチンを覗くと鍋に火をかけたままでこちらも誰も居ない。

私は急いで火を止めて鍋の様子を見た。
焦げてはいないようなので大丈夫だろう。

火にかけたまま何処へ行ったのだろうか。

トイレやお風呂を見たけど誰も居ない。

私が帰ってくる直前まで人が居たような状態なのに
誰も居ないのだ。

私はお母さんの携帯に電話を掛けた。
だけど、出ない。



おかしい。何で誰もおらへんの?
テレビとか点けっ放しで何処行ったんや…。

…まさか、強盗?!いや、荒らされてへんし、それはない。
買い物っていうのもおかしい。火をかけたまま出かけるわけないやろし。



家中を探しても誰も居ない。


まるで神隠しにでもあったような。



私はとりあえずリビングのソファに座り、点けたままのテレビを眺めた。

弟が観ているバラエティ番組。
だけど、弟の姿は無い。



…。



1時間。私はテレビをボ―っと眺めながら、皆が帰ってくるのを待ったけど
誰も帰ってこないし電話もない。



おかしい。絶対変や!こんな時間にお母さんと弟が出かけてる事も
テレビなどをそのままにしている事も
お父さんも、もう帰ってきてもいい時間だ。



私はもう一度電話をかけてみたけど、やはり通じなかった。

不安になって友達に電話をかけても通じない。



どないなっとるん?!



私は携帯を持って家を出た。

近所のコンビニに目を向けるけど誰もいない。

母がよく行くスーパーに行ってみた。
だけど、誰もいない。



確かに夕飯の時間帯を少し過ぎてるけど
誰もおらへんなんて事あるんか?

あれ?客どころか店員さんもおらへん。
そんな事って…。



私は駅へと走った。

お父さんが帰ってきているのなら、駅に向かう途中で会えるか
駅で待ってれば会えると思ったからだ。



駅に着いた私は言葉を失った。


駅にも誰もいない。駅員さんも…。

皆何処に行ってしまったのだろうか。



この世界に、私1人だけ取り残されたような気分になった。



駅の前で立ち尽くしてると、ポケットの中の携帯が振動した。



電話?!やっとかかってきた!



携帯を開きディスプレイを見ると謙也の文字。
私は急いで通話ボタンを押した。



「もしもし!謙也?!」

「亜加里か!今何処に居るん?!」



謙也の声はとても焦っていた。



「今、駅におんねんけど、おかしいねん。誰もおらへん!」

「ああ、分かっとる。いまからそっち行くから動かんようにな!」

「うん。分かった」



私は携帯を握り締めて、祈るように謙也が来るのを待った。

10分程経って、謙也とユウジが走って来た。



「謙也!ユウジ!」

「大丈夫か亜加里?」

「え、うん」



2人は疲れた表情で、息も上がっていて辛そうだった。



「2人共どうしたん?そない息上がって…」

「ちょっと…な」



ユウジはそう曖昧に答えただけだったから、私は深く訊かなかった。



「亜加里、俺ら意外に誰か人におうたか?」

「ううん。家に帰ったら誰も居なくて連絡も取れない。この駅もそうやけど
何処にも誰もおらへん。どうなっとるん…」

「俺らもそうやった。おかしいやろ、この状況」




謙也の言葉に私達は黙った。


これからどうすればいいのか。そう思った時だった
駅の中から人が出てきたのだ。



「謙也、ユウジ。人が出てきた!」



私が声を上げると、2人は勢いよく駅を、出てきた人達を見た。


スーツを着た男性、女性。私達と同じ様に制服を着た学生。
塾帰りだろうか、小さい子供の姿もある。

15人くらいだろうか。フラフラとこちらへと歩いてくる。



人が居た事に安堵した私の手を、謙也が掴んだ。




「走れ!!」



ユウジが声を上げると同時に謙也とユウジが走り出し
私は謙也に手を引っ張られて走る事になった。




「ちょ、何しとん?!」

「ええから走れ!追いつかれるで!!」



ユウジの言った追いつかれるという言葉が気になり
私は走りながら後ろを振り返った。


謙也が「見るな!」と叫んだが、私は見てしまった。



先程駅から出てきた人達が、人とは思えない姿で私達を追いかけてくる姿を。




「な、なにあれ?!」

「分からん。けど、町ん中あの化け物で溢れ返っとる!」

「さっき2人共駅来る時にも襲われたん?!」

「ああ、人やと思って近づいたらあれや」




だから2人共息が上がってたんだ。


私達は必死に走った。けど、私達を追いかけるモノ達との距離は縮む一方で
狭い路地などを利用して撒こうとするも次々に姿を現し、上手く道を選べない。





「まるで誘導されてるみたいや」




先頭を走るユウジが零した言葉。


何時の間にか私達は学校の近くへと来ていた。

後ろを見ると、私達を追いかけていたモノ達の姿は消えていた。

私は恐怖と疲労で立っていられなくなり、その場に座り込んだ。




何で、こんな事に…。



息が少し整ってきた。

謙也もユウジも混乱している表情で座っている。


街灯も家の明かりも点いていて、一見何時もと変わらない風景なのに
音が一切聞こえない。



誰も、居ないんだ。



私は謙也の傍に寄った。




「謙也、ありがとう。手引っ張ってくれて」

「ああ、そんな事気にする事やあらへん」

「でも、謙也が引っ張ってくれなかったら私走れなかった。ありがとう」

「まぁ、浪速のスピードスターやからな。亜加里を引っ張ってても早く走れるっちゅー話や」




そう言って謙也は笑ったけど、何時もの元気は感じられなかった。




ジリリリリリリリリ…



電話のベルの音がした。


最初は携帯だと思ったけど、設定した覚えがない。

私達は一応携帯を確かめたが、どの携帯も着信を告げてはいない。




ジリリリリリリリリ…



鳴り続けるベルの音。




「おい…あれ」





ユウジが指差す先には、学校帰りに見つけた電話ボックスがあった。


着信を告げているのは電話ボックス内の公衆電話だった。


ドラマなどで観た事はあるが、公衆電話に電話をかける事は可能なのか?



一体誰がそんな事を…。



だけど、ここは私達が知っている、私達が居た所とはたぶん違うんだ。



何がおきても不思議はない。



私達が出るのを待っているかのように、鳴り止む気配はない公衆電話。


謙也が意を決したように電話ボックスへと近づく。



私とユウジは顔を見合わせ、頷くと謙也の後を追った。





再び3人で狭い電話ボックス内へ入った。





「…ほな、取るで?」





謙也は恐る恐る受話器を取り、耳に当てた。















「その番組を録っとけばええんやろ?分かったからはよ帰ってきなさいよ」

「…え?ちょ」




受話器から洩れた声は私とユウジにも聞こえていて
たぶん、謙也のお母さんだと思う。



そして、雨が降る音が聞こえた。




電話ボックスのガラスを滝のように伝う雨。



私は携帯を取り出し画面を見たが、真っ暗だった。

携帯はちゃんと充電したはずなのに。





「ユウジ、今何時か分かる?」




ユウジはポケットから携帯を取り出し時計を確認した。

私達が学校を出た時間からそんなに経過していない。




受話器から洩れた謙也のお母さんの声。
降り出した雨。





「戻ってこれたんか…?」




ユウジが力なく呟いた。




「…たぶん」




充電したはずなのに電池切れのままの携帯。
止んだと思っていた雨。


私達が電話ボックスに入った瞬間から、異変が起きていたのかもしれない。



そう思うと、電話ボックスの中に居るのが怖くなった。



早く出ようと言おうと思った時
頭からジャージをかけられた。



「…ユウジ?」

「確証はないけど、こん中に入ってからおかしくなったやろ?
はよ出た方がええやろ」

「そ、そうやな。またさっきみたいな事になったらヤバイしな」



ユウジも謙也も同じ考えだったみたいで、掛けられたジャージに袖を通した。


私達は電話ボックスを飛び出し走って家へ帰った。



びしょ濡れになった私を、今度はお母さんが迎えてくれた。
弟がタオルを持ってきてくれて、私がタオルを受け取ると
私と同じ様にびしょ濡れなお父さんが帰ってきて
お母さんは呆れて溜息をついて、弟は笑ってた。




大丈夫、皆居る。




お風呂に入って夕飯を食べて、部屋に戻ると携帯がメールを受信していた。

謙也とユウジからで、2人共異常がなかった事の報告だった。


私も2人にメールを返してベッドに潜った。




次の日、洗って乾かしたユウジのジャージを手に
学校へと向かった。



もう少しで学校、という所で足が止まる。



事の発端である電話ボックスがあった場所。
そこには何も無かった。








必要ないから気付かなかったんじゃない。


初めから無かったんだ。







私は走って学校へと向かった。








きっと、もう2度と電話ボックスには入らない。

だって、電話ボックスという空間を通して

こことは別な所に、連れて行かれるかもしれないから…。









霊界と繋がる電話ボックス








2011/02/01





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ