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□ダブル
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最初はただ愛でられていただけ。
最初は美しい花だと誉められていただけ。

何時からだったか、この体が武器になった。
馬鹿みたいな睦言、馬鹿みたいに嗤う自分。
そうしている間は俺はどんな事からも守られる。
まだまだ子供だった俺が、安全に力を蓄える為にはそれしか無かったのだ。





ただ儚く、人形の様に美しい花。
有力貴族は挙って彼を手に入れようとした。
その涙を浮かべる瞳が、研ぎ澄まされた牙だと知らずに。











「相変わらず世間知らずなんだな、ルークは。
知らなかったのか?俺はずっとこうやって生きてきたんだ。
お前に仕え始めた時から、ね」


ルークは体が震えない様にするので精一杯だった。
涙が込み上げてくる、ガイがされてきた事はとても悲しい事で。
それを知らなかった自分に腹が立って仕方なかった。


優しいガイ、誰にだって好かれる自慢の仲間。
辛い過去を持ちながら、復讐よりも俺達を選んでくれた最高の……。



「本当にお前はガイなのか?」


自分でも何を言っているのか分からない。
目の前で笑っている青年は間違いなく彼だ。
優しく、綺麗な、俺の自慢の。


「はは、残念だけどお前の愛してるガイだよ」


異変に気付いたのは偶然だった。
その日、キムラスカに帰ってきていた一行は当然ルーク邸に宿泊していた。
深夜、ふとルークが目を醒ますと微かに聞こえる悲鳴。
懇願する縋る声と無言の殺気。

そして。
地濡れた剣と、床。
笑いを堪えきれない様子の青年。
悦楽にまみれた悪魔の様に細められた瞳。


「まぁこの人にも昔は随分守って貰ったからね。
だから一思いに殺してやったんだ」


本当ならもっとえげつない殺し方するんだけどな、とガイは呟く。

ああ、この瞳だ。戦いの時と同じ。
獲物を狩る事だけを考えている獣の眼光。
舌舐めずりをする口許が赤く蠢く。
光を通さない本物の闇。
それが今まで聖人の様に思っていたガイの本性だった。

黒く変色したそれは彼のものではなく、ベッドで醜い裸を晒し事切れた貴族のものだろう。


「どうしてこんなこと……」


絞り出す言葉に意味なんて無かった。
分かってはいるのだ、無理矢理奪われた事を思えばガイの行為は正当化とまではいかなくても同情は出来るものだと。

ましてやガイは男。
同じ男に組敷かれるだけでも屈辱だったろう。
権力や金をちらつかせ服従させられていた、何年も。
けれどそれでも、ガイはこんな残酷な事しない……そう信じたかった。


「俺の、俺の知ってるガイは……」


「純粋な天使の様で誰からも好かれる。
性行為なんて知らないし、そんな話聞いただけで赤面する可愛い奴。
復讐よりも俺達と共に居る事を選んでくれた、だから俺が守ってやらなきゃ」


つらつらとガイは話し続ける。
細められた三日月はまだ歪んだまま、じっとルークを見つめている。

ああ、逃げ出してしまいたい。
自室に帰ってベッドに潜って朝になればまたいつものガイが居て。


「なぁ、ルーク、お前は馬鹿なのか?
身一つでホドから逃げて、芸もなく力もない人間が生きていく為にどんな事をしなくちゃいけないのか……まさか本当に知らなかったのか?」


違うよな?
ガイだけは違うって思い込みたかっただけだよな?

一歩、また一歩と近付く。
夢だ夢だ夢だ。
こんなガイ知らない、こんなのガイじゃ。


「こんなの!こんな事ガイがする筈ない!」


俯いてルークは叫ぶ。
もしかするとこの声で誰か起きてしまうかもしれない。
そんな簡単な事を考えられなくなる程彼は錯乱していた。

ぴたり、とガイは足を止める。
笑みは消え冷たい表情のまま涙を流すルークを見ていた。


「勝手に俺のイメージを作り上げて崇拝して、納得いかなかったら軽蔑して。
人形の俺は美しかったか?お前の望んだそのままだったろ」


肩が熱い。
流れ出る鮮血に骨が軋む音。
目の前には透き通る双眼。
ああ、一気に間合いを詰めたんだなとルークはぼんやりと考える。
やっぱり夢だ、あのガイが俺を傷つける筈無いんだから。


「人形は死んだ、もう戻らない」




















「終わりましたか」


横たわるルークを見る。
涙に濡れたその顔は全てを拒絶したのだろう。
夢見がちな子供なのだから仕方ないのかもしれない。
けれどもそれはガイも同じだった。
歯を食い縛り泥水を啜り這いつくばって生きてきたのだ。
そうして願っていたのだろう、誰かに認めて貰える事を。
もしもその辛さを理解し、共に歩んでいけたとすれば。


「……それは、貴方しか居なかったのに」


目を閉じる。
鋭く光る空色を思い出す。
触れられない、もう終わってしまった話だ。
もう過ぎた思い出だ。
私にはもう何も出来ない、否、最初からその資格は無かった。

ルークを殺さなかったのは優しさでは無い。
殺すにも値しないと言う事だろう。
それはきっと私も同じ。



「私は貴方が好きですよ」


開け放たれた窓。
射し込む月光、其処には微笑む青年。
剣はあたたかい血を纏い、更なる赤を欲している。


「ありがとう、ジェイド」


心にも無い、嘲りの台詞。
夢は醒める。夢は美しいまま。
それをルークが望むのなら此処に俺の居場所は無い。
明日からは全てが変わるだろう。
また瞳が三日月に歪む。
それすら美しいのにとジェイドは見詰めていた。
















「おはよう、ガイ!
俺昨日変な夢見てさー」


「へぇ」


「ほんと悪夢だったなぁ、あー怖かった!」


ルークは普段通り、ガイに近付く。
しかし後一歩、触れられない。

「傷、大丈夫か?」


だって、その、ひとみは。
あのゆめといっしょじゃないか。
いたむかたは、どうして?




「言ったろ?人形は死んだって」








もう、何もかも終わってしまったんだよ。














end




受け入れて欲しかったヤンデレガイさんと受け入れられなかったお子様ルーク。
全て理解しているのに資格のないジェイド。
一応ルクガイ…?

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