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□救済
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目に焼き付ける。
この景色全てを。
溜め息はただ反射で出ているだけ。
この腕の重みと、この素晴らしい位吐き気のする現実と。
足りないモノは何だったのか。
必要無いモノは何だったのか。

はらはらと落ちる涙は自分の為。
美しくも汚くも無いただの液体。
両目から流れるそれを拭う事は出来ない。
煙を吸わぬ様に口を抑えているし、もう片方の手には剣を握りしめているから。



燃える。
燃える。
燃える。



ガイらしい小さな屋敷。
白い花が咲き乱れる庭園。
黒と赤が全てを巻き込み、消えてゆく。





きっとこうなる事は最初から分かっていたのだ。
歩く足を早める。早く外へ出なければ燃えてしまう、足元に落ちている花の様に。
アッシュはぼんやりと一時間程前の会話を思い出していた。













「俺は、お前が帰ってきてくれて嬉しかったよ。
世界がルークを望んでいたんだとしても、俺はアッシュを待っていたんだから」


……この感情すら許されないと言うのなら、この世界にはきっと正義なんて無い。
あるのは悪のみ。誰も裁けない醜く歪んだ俺の心と一緒だ。



「俺が此処に居たら、お前の立場が悪くなるんだろう?」


かつての敵国の王女の婚約者。
世界を滅ぼそうとした恐怖の対象。
それを匿っている、この国を恨んでいるに違いないホドの遺児。

どちらも強い力を持っていて両国に後ろ楯もある。
怯えた貴族達が良からぬ事を画策しているのは二人の目から見ても明らかだった。


「……俺が消えるのをお前が望むなら構わない。
すぐに消える、だから言ってくれ」


しかしガイはただ笑って告げた。
それはそれは幸せそうに。
それはそれは悲しそうに。
輝いていた空色はもう悲しい曇り空。


「なぁアッシュ、俺はもうこの世界に未練なんて無い。
だけどお前が生きたいのなら全てを殺してでも共に居るよ。
お前が死にたいと、消えたいと願うなら共に死のう。
俺はどっちでも良い、アッシュが幸せだと思う方を選べば良いさ」


俺にはもうどんな理由も見つけられない。
生きる意味も、死ぬ意味も、何も意味が無い。







小さな屋敷に火がかけられたのは、アッシュが答えを出した直後の事だった。










鈍い音が響き、扉が開かれる。
開けたのはアッシュではなく綺麗な金髪の青年。
その手にある宝剣は幾多の血を吸っても相変わらず美しかった。


「遅かったからもう終わったよ」


地に伏すのはこの屋敷に火をかけた兵士達。
このまま燃えて此処に来た事すら公にはならないのだろう。
哀れではある、力があればこうも無惨な最期を迎える事もなかったのだから。


「……これで見納めだと思うと名残惜しくてな」


「俺にはよく分からないな。
ただの物が燃えるだけじゃないか」


幸せそうな、悲しそうな、アッシュが生きたいと答えた時と同じ表情。

美しい彼の中の壊れてしまった大切な何か。
あの頃の様な笑顔はもう二度と見られないのだろう。
どちらが本当のガイなのか、アッシュには分からなかった。
唯一分かるのはガイであるなら愛せない筈がないと言う事。


初めて会った時からずっとずっと恋をしていた。
消えてしまうかもしれないと、世界に拒絶された自分を救ってくれた愛しい人。
もう二度と離さない、全てを敵にまわしても。


「これからどうする?」


「陛下に謁見して事の顛末と援助を申し出る。
その後どうするかはアッシュに任せるよ」


ガイは優しくアッシュの頬に触れる。
残る涙の痕はまだ新しい。
もし自分のせいならと考えると少しだけ胸が痛んだ。


その表情に気付いたのか、アッシュは影の無い笑顔をガイに向ける。


「……これは嬉し涙だ」


そっと手を繋ぐ。
このぬくもりがあればもう何も要らない。
俺が帰ってきたのは共に生きる為なのだから。
傷付けるためでも共に死ぬ為でも無い。







その砂糖菓子の様な言葉に、二つの空色が明るく煌めいた気がした。


















end














ほんとは二人で屋敷と一緒に燃える悲惨な最後になる予定だったんですが何か辛くなったので私的には明るい話になりました。

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