セイギの声が消えるころ

□クライング
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綺麗な人だった。
優しい人だった。
手をかけた私に、ありがとうと感謝までして。
一生消えぬ思い出をくれた人。
罪の鎖を命で解いてくれた人。





ただ時が過ぎる。
また縛り付けられる。
それが報いだ。当たり前の事だ。
私は何も変わっていなかった。
変われるとも、思えなかった。



「殺してしまった、私が」


真っ赤な手を洗っても洗っても綺麗にならない。
ずっと同じ夢を見ている。一瞬もその映像は消えない。

殺した。理由など意味を持たなかった。
ただ死と言う事実だけが今、彼の胸を支配している。


「……クラトス、」


転がる錠剤、紫煙の香り。彼がどれだけ自分を責めているのかユアンは分かっているつもりだった。
どうする事も出来ないのも、分かっている。

せめて、彼を一時でも救う事が出来たなら。
それだけで自分はどれだけ許されるのだろうか。

止められた筈なのだ。彼が彼女と愛し合う事。この悲劇を起こさずに済む方法があった筈で。




回る世界に、人でありながら取り残された可哀想な子供。
雨に濡れて傘を待ちわびている。
その傘を差す存在が彼女だったのに。





「クラトス。私では貴様を救う事は出来ないのだろう」


先程と同じ様に耳元で囁く。
クラトスはただ無表情で宙を見ている。
けれど聞こえてはいるのだろう、時折瞳が揺らぐ。


「それでも……傍に居たいと願ってしまうがな」


この壊れてしまった子供を治してやりたい。
誰でもない、自分の手で。
今出来なくても、いつか。この長い時があれば、きっと。

抱き締める資格は無い。ただ見つめるだけ。
それだけで彼の苦しみが伝わってくる。


あの女を恨んでも良いだろうか。
こんなに愛されていた、ああなんて羨ましい。
それなのに死ぬなんて、死んでしまうなんて。



「貴様は本当に馬鹿だ。……私ほどでは無いにしろ、な」


ただ曖昧に唇を落とす。
それがどんな意味を持っているのかさえ、クラトスは分からないだろう。





悲しみはまだ降り止まない。
それでも傘を持って何度でも迎えに行くだろう。
たとえ私以外の傘の中に入っても、それでも何度でも。


この愛は絶対に変わらない、唯一だから。





鷲色の青年が一瞬だけ安堵の表情になったのを、誰も知らない。
青い髪の彼はただずっと彼を抱き締めていたから。











**********







「遅かったな」


雨が止んで、太陽が全てを照らして、彼が自分を愛せる様になるころ。
この時の話が思い出に出来るころ。

ユアンは世界樹の下で微笑んでいた。
遠い世界から帰って来た人を迎えるために。
少し気恥ずかしそうな顔で、それでも幸せそうに。

まだ長い時間が残されている。
ただ優しさを紡ぐだけの時間が、たっぷりと。


何も焦る事はない。
ただ手を繋いで隣に居てくれるだけで。








雨はもう、降らない。










end




相互記念、フェルトさまへ捧げものですん。
ユアクラほんわかしてないですが…(おい)宜しかったらお納め下さい!
相互ありがとうございました★

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