セイギの声が消えるころ
□忘れモノはありませんか?
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記憶にすら残らない。
それがきっと彼の願い。
弱々しく、輝きを失った彼。
長過ぎる旅の中で全てを見失った彼。
赤い長髪が靡く。強い眼差し。
だから彼は願った。
世界に愛されなかった最愛を思って。
その台詞は懺悔だ。
その台詞は詭弁だ。
「だから俺が永遠に守るよ」
真っ白で清潔な部屋。
クラトスは何の感慨もなく、ぼんやりと外を見ていた。
その無表情はゼロスの心を強く痛めつける。
最期に言葉を聞いたのは何時であったか。
もうそれすらも分からない。
「私が殺した」
違う。
「私が見捨てた」
そんな事はない。
「……ミトス、私は、」
何度こうして抱き締めたのだろう。
虚ろな瞳から流れるものは、涙よりも悲しい。
真っ白になった腕からは無数の傷。
クラトスには似合わない、痛々しい赤。
それすらもこんなに美しい。
何度目だろう。
言いたくても言えなかったもの。
かつて仲間だったハーフエルフはクラトスの様子を見て、ただ呟いた。
<全てを忘れるのが、クラトスには一番良い事なのかもしれないわ……私たちのことも、ミトスのことも全部忘れる。
そんな新しい生き方を選択させてるべきなのかもしれない>
……だって彼はもう充分過ぎるほど罪を償ったもの……
「忘れられるなら、忘れたい?」
分かっていた。
これが間違い無く最善であることは。
でも忘れられたら、クラトスの中に生きていた俺は何処に行くんだろう。
それを考えたら怖くて怖くてたまらなかった。
「クラトスは……忘れたい、よな」
結局俺は自分のことしか考えられない屑だったんだ。
忘れ薬は何の皮肉か俺の髪みたいに真っ赤で。
そっと口に含ませる。
飲み下したあと、昔みたいに俺の腕の中で目蓋を閉じようとするクラトスは安らかで、もう手の届かない存在なのだと再確認させられた。
ただ一言の睦言は俺の行いを許す様で。
クラトスが目覚めたら他人だけど、誰にも渡さないと強く誓った。
「全て忘れたとしてもゼロス、お前だけを」
愛してる。
end
甘い…!!!!珍しい気がする笑