Novel1

□京極1
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「解らないから」


自嘲とも見て取れる笑みを薄く唇に寄せて、中禅寺はゆるゆると頭を振った。
「あんたの視えている苦しさも、想う痛みでさえも一欠片とて共有できないでしょう?」
それじゃぁ意味がない。
ちりんと鳴く風鈴の音に低く呟く声が紛れる。爽やかな初夏の風が微睡む午後の空気を掻き混ぜて縁側に吹き抜けた。
「僕は貴方の――榎さんの隣に在りたいんですよ」
希う様に響くのは悼みを含んだ科白。そうして口を噤んでしまった中禅寺の烏色の瞳は閉ざされて、その奥を見ることは叶わない。
「隣に……今ここにお前は在るだろうッ」
それに解り得ないのはお互い様だろ?相手の本意を掴めずに逡巡した後漸く紡げた言葉は力無く。
榎木津はごろりと寝返り己が枕とする膝の主の薄い体にぎゅうと幼児の様に抱き着いて。
「ちゃんとおまえの温もりはここに在るんだぞ」
中禅寺の耳を擽る声音はどこか淋しい。
「うん。識ってはいるんだけどね、榎さん」
あやす様な声で、色素の薄い頭を掻き撫でていた手を止めて、


「どうしても消えてしまいたくなるんだよ」

と、中禅寺は泣きたくなる程柔らかに微笑んで、囁いた。



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