戦国BASARA

□第壱話
1ページ/3ページ





―久しぶりに嫌な音を聞いた。

ヒュッと頬を掠めた拳を避ければ、凄まじい拳速に巻き込まれて紺の髪が散る。
それを横目で見ながら刀を振るが、その斬も簡単にかわされてしまった。
巨躯に似合わぬ素早い動きに表情を動かさぬまでも、傭兵は厄介な、と嘆息する。
繰り出された拳を軽くかわして刀を振り上げた時、男の拳がその刀を握った腕を打った。


『っ……!』


バキッと硬い物が折れる音が体中を走り、握った刀が飛ぶ。
遅れて襲った激しい痛みに僅かに顔を歪めながら傭兵は蹴りを繰り出したが、それも容易く防がれた。


『く…っ…』


ミシッと筋肉と骨とが軋む。
初めて苦痛の声を零した傭兵の、刹那の隙を男は見逃さなかった。


『ぐっ……は……』


腹に入った重たい拳に、短く息が漏れる。
一瞬男を睨み、そのまま崩れ落ちる身体を支えて、男は安堵の息を吐いた。


「ふぅ……この男の目が覚めるまで介抱を頼む」


「はっ」


「やれやれ…独眼竜の所は強者ばかりだな」


ため息混じりに言う割には、笑顔のまま支えた体を近付いて来た足軽に渡そうとする。

その時、気が付いた。


「…………」


堅く血の滲む拳。
それは男の胸元を掴み、服が千切れそうな程に握り締められていた。
男はそれを見つめて、僅かに目を伏せる。
それを引き剥がそうとする足軽を言葉で止め、傭兵を抱え直した。


「なあ、この先には何がある?」


「はっ…物見からは古寺に敷かれた小さな陣が一つと聞いております」


「なるほど。それが伊達においては重要な拠点なのか…」


「いえ……おそれながらそのような物では…」


「なに…?」


「険しい山道のみの拠点ゆえ兵を置くにはあまりに狭く、背後に小さな村を抱えてはおりますが、補給も難しい拠点であり…敵方から見ても利用価値が少なく思いますが……」


それを聞いて、男は余計に首を捻る。
たかがそれだけの陣を、この傭兵がこうも必死になって守る理由が見えない。

武器を…拳を合わせたからこそわかる。
この者は、そんな事がわからぬ程に愚かではないし、思慮深い人物だ。


「家康様」


「……念の為斥候を出し、先の陣を調べてくれ。ワシらは陣の守護に戻る」


「この者はどういたしましょう?」


「連れ帰るしかないな。こうも必死に握っておるのを無理に剥がすのは無理だろう」


「はっ」


短くもはっきりした答えを出した足軽に頼むな、と笑い、男は傭兵を抱き上げる。
兵の割に華奢な体に疑問を持ちながらも、男は自身の陣へと戻って行った。



『金と氷』
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ