小さな本棚

□闇の烏と夜の太陽
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なんだ?




『───』




やめろ……




『───』




やめろ!その名前を口にするな!





「はっ!?」


自分の部屋だ、窓の外は日が昇りだした頃か、朱に染まっている


汗が張り付いて気持ち悪い




「夢か……」




久々に見た

嫌な夢だ……


頭の後ろがチリチリする

喉が、渇いたな





─ザァァァ


「……」



嫌な汗をシャワーで洗い流す。




忘れよう



ガリッ


「……」


クロウはうなじに回した手を見る。爪に肉が挟まり、真っ赤に濡れる手。

うなじからシャワーの水と共に血が流れ出す。

排水溝は赤い水を飲み込んだ。






バスルームから出ると、日はしっかりと昇っていた。

眩しい


そのままキッチンに向かって冷蔵庫から水を出した。

コップに注いで一気に飲み干す。

うなじの掻き傷は消えているが、鈍い痛みがのこる。



「散歩でも行くか……」


 

適当に服を着て、外へ出た。

朝の独特な匂いを纏った風が、肌を撫でる。

元来夜型であるクロウには、新鮮な感覚だった。



「ん?」


公園の近くを通ると、軽快な曲が流れて、人が沢山いた。



『腕を前から上げて大きく背伸びー』



夏の朝の恒例行事だ。


しかし、異世界出身のクロウにはちょっと物珍しかった。

公園のベンチに腰かけて、しばらく見ていた。




「あれ?クロウさん?」

「ホントだ、おーい!」


どうやら終わったらしく、人が疎らに散っていく、その集団の中から見知った顔がクロウを呼んだ。



「リュータとハヤトか」



ベンチの所まで駆けてく二人組。



「クロウさんラジオ体操興味あるんですか?」

「いや、まあ見たことない光景だったからな、お前らこそよくやるなぁ」


「先輩ってば夏休みになると朝寝坊しちゃうから僕が誘ったんです」

「おかげで寝不足気味だわ……」


くあっと欠伸をかくリュータに、ハヤトは呆れ顔。



「早く寝れば良いでしょう?」

「せっかく休みなのに夜寝るとか勿体無いし……」

「先輩ってホント子供ですね」

「二人ともガキだろ」


リュータとハヤトのやり取りにククと喉をならして言い放つ。


公園を出て、しばらく二人とその辺を歩いた。





「クロウは朝早いの平気なわけ?」


近くの自販機で目覚ましに缶コーヒを買って飲んでいるとリュータが口を開いた。



「んー、どっちかというと夜型だけど」

「カラスは早起きですけどね」

「カラス?」

「あー、クロウってカラスの事だっけ」



そう言えばそうだ、まあ本物のカラスと違って夜目は利くけど



「確かにクロウはカラスっぽいよな、こう……ずる賢いっていうか」

「名は体を現すって言いますからね」

「あのなぁ、お前ら……」

「つーかさ、本名なのかな?」

「……」



リュータの何気ない一言に、今朝の夢を思い出してしまった。



「先輩、失礼ですよ」

「あ……わりぃ」



忘れよう



「クロウさん?」

「なぁ、お前ら……」



二人には目線を合わせず、正面を向いたままワントーン低い声。

忘れよう……




「知りたいか?」

「「え?」」



ただならない雰囲気に変な汗が出はじめる二人。




─ベコッ




クロウが手にした缶がひしゃげた。




「「……」」

「別に教えても良いけど……」



ひしゃげた缶が熱を持ちはじめ、ついには蒼い炎を上げる。




─ドロドロ




缶は固体でいることに耐えられず、手の間から流れ出す。

ジュッと音を立ててアスファルトに黒い穴が空いた。





「聞く?」





これ以上ないくらい見事な笑顔で二人を見た。

リュータとハヤトは青い顔をして必死に首を横に振る。





「そうか、そりゃ残念だ」





首を軽く傾け、にっこりとしたまま、いつものトーンに戻った声で言う。

烏の羽の様な艶やかな黒髪が揺れる。






「……じゃあ僕達これで失礼します」

「おう、またな」




しばらくは顔を会わせるのを控えようと、小走りでクロウと別れながら思った二人だった。




「……ちょっと、やり過ぎたかな?」




先程まで缶を握っていた左手を見る、焼け爛れて黒焦げだ。

普段なら自分自身も焼いてしまうような初歩的なコントロールミスはしない。




「あー……、結構熱いな……」











その後ジャックに会いに覇の家に訪れたクロウが、覇に焼け爛れた左手を見られて卒倒された事と、ジャックに小言を言われたのはまた別のお話。







終.


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