Prelude

□Prelude〜偽りの想い〜
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その日の朝は晴天だった。
暑くも寒くもなく、風は気持ち良く吹き抜ける。
城や城下町はその時大騒ぎだった。
ヴァルナワ討伐へ行くという噂が広まり、城の前には沢山の民が集まって来ている。
「カゼリア王、無事この地に帰ってくるよう待っているぞ。ここは王の家でもあるのだから気兼ねせず、いつでも帰ってくるように。」
「ありがとうございます。」
王の前でヴァルジェは頭を下げた。
短い挨拶を終え、ヴァルジェはマントをひるがえすと、王の間を出て行く。

風音は廊下でぼんやりヴァルジェ達が出てくるのを待っていた。
ヴァルジェは風音を一瞥しただけで足を止めようともせず、廊下を歩いて行く。
後から出てきたレディーは、風音の前で止まり、「行くよ。」と一言声をかけた。
風音はレディーの後を追いかけ、その後ろにレディーの部下の四人が続いた。
荷物を持ち、まず最初に馬小屋へ行く。
旅を共にするパートナーに会いに来たのだ。
レディーは黒馬に向かい手を伸ばす。
「あたしの愛馬のクリストファー、クリスだ。」
「こんにちは、クリス。」
風音はクリスの身体を撫でる。
クリスはブルルンと鼻をならすと、尾を振った。
温かいクリスの身体に風音が頬をあてた時、馬小屋に少女を連れたリマラエル王女が入って来た。
「カザネ様、行くって本当ですか?」
昨日決まったことをまだミラノに言っていなかった為、慌てて駆けつけて来たことが伺えた。
不安な表情を浮かべ入ってくるミラノに、風音は平常な顔で頷く。
「ええ、本当だよ。」
「でも、どうして?危険な旅なんですよ!考え直して下さい!」
ミラノのすがり付くような表情に、風音は視線を反らす。
「今までとは違ってヴァナワをこちらから探すのでしょう?カザネ様が行くことは死にに行くのと同じです!」
自分でも無謀だとは思っている。
しかし行かずにはいられない理由があるのだ。
「私は誰が止めても行くから。ここには残らない。」
「どうして?」
「カゼリアの皆の為。ヴァナワが滅びる所をこの目で見たいの。」
「カザネ様はカゼリアの人間ではないわ!そんなにカゼリアにこだわらなくても良いのではないの?それに、残されたプラムはどうするのです。」
「プラムは、お願い。ミラノ姫が見てあげて。まだこの子を連れて行けない。」
無表情で見つめるプラムを風音は見た。
少女は何も言わない。
「駄目です。カザネ様やヴァルジェ様でなければプラムは駄目です。お願いです。カザネ様までいなくなったらこの子は…!」
「ごめん、残れない。」
このやり取りを聞いていたヴァルジェは、三人に背を向けたまま自分の為に用意された白馬の背を撫でた。
「カザネ様!」
「プラムは大丈夫。強い娘だもの。今度帰って来た時は笑顔で迎えてくれるはず。私はそう願ってる。」
真剣に言う風音に、ミラノは言葉が出てこなかった。
何と言って引き止めて良いものか、思い浮かばなかったのである。
それ程決意が強いとミラノには分かった。
プラムも無言でその成り行きを見守る。
「…でも、カザネ様…。」
どうしても行かせたくないと願うミラノの口から、食い下がる言葉が出る。
「ごめんね。」
ミラノに頭を下げると、風音はレディーの腕を掴んだ。
「レディー。」
レディーは頷くと、馬へ飛び乗る。
それを見たヴァルジェも白馬に跨がった。
そして馬小屋から出ていく。
四人の兵もヴァルジェに続き、馬に乗って出て行った。
「ミラノ姫、ありがとう。私、あなたと仲良くなれて嬉しかった。また、リマラエルに戻ってくるから。」
そう言うと彼女の手を握りしめた。
ミラノは目に涙をため、握る手に力を込めた。
「身の危険を感じたら、すぐ戻ってきて下さいね。」
「もちろん、戻ってくるわ。」
「風よみ様!」
レディーに呼ばれ風音は彼女の手をとり、クリスの背に乗った。
「カザネ様。」
ゆっくり歩く馬に合わせるように、ミラノとプラムもゆっくり横を歩く。
「プラム、ごめんね。またヴァルと一緒に迎えに来るから。いい子で待っててね。」
自分の子供に言い聞かせるように、柔らかい口調で言う。
馬上の風音の言葉に、プラムは一つ頷いただけで真っ直ぐ前を向き歩く。
風音は苦笑いをすると、暫くプラムを見つめていた。
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