Prelude

□Prelude〜運命の選択〜
1ページ/3ページ


「ヴァル、これ食べて!」
あれから2週間が経ち、ヴァルジェの身体もかなり回復していた。
医者もリハビリのため、歩行を認める程だった。
風音は片手に料理の乗ったお盆を持つと、ヴァルジェの部屋を訪ねた。
テーブルの上に並べると、ヴァルジェに微笑みかけた。
「病人のためのお粥よ。お米に似た食材があったから私が作ってみたの。」
「お粥?」
「私の国では病気になるとお母さんが作ってくれるの。ヴァルはあまりご飯食べれなくて胃も弱ってると思うから、消化にいいものをと思って。食べてみて。」
ヴァルジェは器を受け取ると、見たことのない食べ物に瞬きをした。
ドロドロの物体はどうしても食べ気になれない。
「これは・・・。」
「いいから食べて!」
笑顔で促す風音に対し断ることが出来ず、ヴァルジェは意を決した。
スプーンにすくったお粥を見つめ、1口1口ゆっくり口に運ぶ。
口の中をとろけるように喉の奥へ流れ込む。
「どう?」
事実味の有無は分からなかった。
しかしヴァルジェはゆっくり頷いた。
「味が無い。」
「えー。そういうものだと思うけど。薄味すぎたのかな?」
首を傾げる風音を横目に、ヴァルジェはお粥を口に流し込んだ。
その光景をプラムは少し離れた所で見ていた。
幸せな光景。
それはカゼリアの日々を思い出させる。
「ヴァル、この後外に散歩にでも行く?」
「そうだな。プラムも行くか?」
「うん!」
嬉しそうに返事をするプラムの表情を見ながら、風音は微笑む。

この頃この少女は顔に変化が現れ始めた。
プラムは元の笑顔とまではいかないが、以前より明るくなった。
時々驚くほどの笑顔を見せてくれる時もあった。
その変化が風音にはとても嬉しかった。
ヴァルジェもまた、笑顔までいかないが、以前の無表情が消失しつつあった。
カゼリアが崩壊してかなりの月日が経った。
時間により心が癒されることがあるのだと、風音は知った。
自分もあの辛い日々が嘘の様に感じる時がある。

ヴァルジェ、プラム、風音の三人は連れ立って外に出た。
街の中はすっかり元の姿を取り戻し、活気に溢れていた。
商売の盛んなこの街は、人々の呼び込みの声が響く。
「王様!身体は良くなったのですか?」
元気よく訊ねて来る民に、三人は驚いて振り返った。
「ずっと床にふせっていたのでしょう?もう大丈夫なのですか?」
男の大声に他の民も三人に注目した。
視線の多さにどうしていいか分からず、風音はヴァルジェを見る。
「あの時はありがとうございました。」
「レディーさんたちには会ったんですが、王はふせっていると聞いたものですから。」
「回復の祝いに好きなものを持って行って下さい。」
一時期炎に包まれ崩れた街が戻っていくと共に人の心も治っていくのか、皆何事もなかったかの様に笑顔を見せた。
「王様、これを持って行ってくれ!」
おじさんに果実を押し付けられる形でヴァルジェの手中に収められた。
「あ、これも!」
「じゃあこれも。」
人々は次々に自分の商品をヴァルジェに渡していく。
「おいおい、これじゃあ王様も持ちきれないだろう。」
「おや、そうだね。」
おばさんは袋を出すと、それに丁寧に入れてくれた。
「ほらよ、お嬢さん、王様に美味しいものを食べさせてあげてちょうだい。」
風音をヴァルジェのお付の者と勘違いしたのか、おばさんが荷物を渡した。
風音は笑顔で受け取り、「ありがとう、おばさん。」と元気良くお礼を言った。
リマラエル国の民でもこんなにヴァルジェが感謝されることが、風音は嬉しくて仕方がなかった。
「元気なお嬢さんだね。お嬢さんにもこれをあげるよ。食べてちょうだい。」
おばさんは豪快に笑うと、風音の分と袋に入れた。
「ありがとう!」
満面の笑みを浮かべれる風音を見、ヴァルジェはフッと微笑む。
その光景はカゼリアとダブって見えた。
「こんなにあったら当分食べ物に困らないね、ヴァル!」
「そうだな。すまない、感謝する。」
一国の王が頭を下げるのを見て、民は目を白黒させた。
「いいえ、いいですよ。こっちが感謝しているのですから。」
「本当、この街を守ってくださったんだからねぇ。」
「守ったといっても、皆の命を危険に曝してしまった。お詫びの言葉もない。民の頑張りでここまで回復した。皆がこの街を救ったの」
ヴァルジェの言葉に民はそれぞれ顔を見合わせた。
「リマラエル王がカゼリア王をひいきになさるお気持ちが分かりました。」
「王様、この街で充分身体を休めてください。」
光喜の目に見つめられ、ヴァルジェはゆっくり頷いた。
民に好かれる王子はここにいる。
ヴァルジェはやはり民をひきつける王子のままだと風音はつくづく思った。
それが嬉しくてたまらなかった。
以前の笑顔があれば、ヴァルジェはこの街の皆の心を虜に出来るだろう。
それ程ヴァルジェには不思議な力のようなものがあった。
「ヴァル。」

昔のヴァル。
私の隣にいるヴァル。

風音はヴァルジェの横顔を見つめた。
言葉に出来ないくらい切なく、温かな気持ちになる。
ヴァルに愛される女性はきっと幸せになるのだろう。
幸せに・・・。

言葉なく淡々と歩いていくと、森林に差し掛かりその奥に湖があった。
水面に陽の光が反射し、キラキラ輝く。
「綺麗。見て見て、綺麗よ!」
無邪気に風音は声を上げた。
「プラム!」
湖の畔に行くと、風音はプラムを手招きした。
プラムも嬉しそうに風音の傍まで駆け寄る。
「水が透き通ってる!」
水底まで見える水の中を覗き込む。
「魚はいないのかな?」
水面に晴ればれとした二つの顔が映った。
プラムは笑顔でそっと水に手を伸ばし触れた。
「気持ちいい。」
「最近暑いくらいだもんね。足つけようか。」
風音は靴を脱ぐと、すっと伸びた足を水の中に浸した。
まだ冷たいが気持ちがいいほどの冷気を帯びていた。
プラムもそれに続く。
「冷たい!」
嬉しそうに言うプラムに風音は笑いかけた。
「ヴァルのどう?」
「いや、俺はいい。」
子供のようにはしゃぐ二人に、ヴァルジェは微笑ましい視線を向ける。
静まり返った森林の中は時が止まったかの様だった。
街の活気ある姿が嘘のようである。
同時に心も洗われていくかのようだった。
清らかな空気の中にいると、気持ちも落ち着く。
「この空気、いつも騒いでる心が静かになる。」
プラムがゆっくり話し始めた。
「いつもね、胸が苦しくて嫌なことばかり思ってた。でもね、カザ姉様とヴァル様がいたら安心出来るの。ああ、私は生きてていいんだって。」
「プラム。」
「一人生き残った事が心苦しくて、いつ死んでもいいって思ってた。でも、カザ姉様やヴァル様がいる。私はその傍にいつもいる。これって、カゼリアの神様がプラムに生きなさいって言ってるんだよね。」
初めて小さな胸の内を聞き、風音は胸が痛んだ。
暗闇に沈んでいた心は、生と死を考えていたなんて、そんなに重いなんて思ってもいなかった。
「プラムはここにいるよ。私やヴァルの傍にいる。昔も今も、これからもずっと、プラムの居場所はここなんだよ。」
風音はプラムの肩を抱き寄せた。
自分も居場所を求め、ここだと決めた。
だから、プラムの居場所もここだと決めたかった。
カゼリアの生き残りの三人。
カゼリアの神様が生きろと言った三人。
だから、辛い事があっても生きていかなければならない。
死んでいった仲間のためにも。
プラムは上目遣いで風音を見ると、ニコッと笑った。
それは風音が最初に出会ったカゼリアの少女の笑顔に思われた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ