短編集

□空
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俺のなかでの恋愛は陳腐なもので、ただ相手を好きになれば成立するものだと思っていた。
それは勿論異性の話で、それ以外のものがあるのだと、そも時には頭の片隅にもなかった。



   『空』


「虎くん。」
振り返ると知らない奴がいた。
声を掛けられたのは初めてで、俺は廊下で誰だったか思考を巡らせた。
もしかしたら以前接点があったのかもしれない。
そう思うと「誰だった?」なんて気軽に聞けるはずもない。
そうするとそいつは肩を震わせながら笑い、俺に微笑みかけた。
「考えても出てこないだろうね。僕と話すのは初めてだろうから。」
「は?」
初めてで下の名前を呼ばれるのは些か不愉快だ。
その思いわ感じ取ったのか、奴は「ごめんごめん。」と取って付けたように謝る。
「周りが君をそう呼んでいたものだから。それ以外名前を知らないんだ。」
「で?俺に何か?」
「いや、用事はないんだけど、今が話しかけるタイミングだと思ったから。」
「話しかけるタイミングって?」
「前から気になってて、タイミングを図っていたんだ。」
爽やかに笑う奴を前に、俺は意図を汲み取ることが出来なかった。
「悪い、よく分からないんだけど。」
「平たく言えば、お付き合い願いたいんだけど。」
「どこに?」
「何処まででもいいんだけど。」
「あ?誘うってことは用事があんだろ?」
「いや・・・、そうじゃなくて・・・。」
「虎、早く来いよ!」
奴の言葉をかき消すように、グランドからボールを持ったゴドーが呼びかけてきた。
「あ、悪い!今からあいつらとサッカーするんだ。お前もするか?」
奴は笑顔を引っ込めると「いい。」と小さく呟いた。
「よく分からないけど、行き先決まったら言えよな!暇なら付き合ってやるから!」
俺はそれだけ言い残し、グランドへ向け走り出した。
その時は細かい事を気にせず、サッカーで頭が一杯になっていた。

「何やってたんだよ。」
「お喋りをちょっとな。」
ゴドーのボールを取り上げ、リフティングを始める。
「お前が坂城空と話が合うのかね。」
「坂城?誰?」
ゴドーは呆れたように腕を組む。
「さっき話しをしてた奴だろ?隣のクラスで爽やかな優等生。女子にも人気が高いんだぞ。」

「へぇ。」
正直そんなに興味がなかった。
女子に人気の爽やかくんに勝とうとは思わないし、俺には夏海がいる。
それだけで十分だ。
「奴とお前が接点あるようには思えないがな。」
「だって話たの初めてだし、接点なんてないって。そんな話は後でして、サッカーやろうぜ!」
他のクラスメートに合図を送り、俺はボールを高く蹴り上げた。




次の日、坂城は俺の教室へ現れた。
それは昼飯を胃に納め、クラスメートと談笑している時だった。
「坂城、だよな?」
「空でいいよ。僕も虎くんって呼んでるし。」
クラスメートは男女問わず彼の出現に動揺しているようだった。
確かに整った顔立ち、サラサラヘアーの王子様を女子は放っておかないだろう。
「昨日の約束覚えてる?」
「あ?どっか行きたい所決まったのか?」
「うん。今度の休みに付き合って欲しいんだ。」
「何処に?」
空は意味ありげに微笑むと、「駅に10時。」とだけ言った。
俺はひっかかりを覚えたが、取り合えず了解した。
どっかに行くにしても男同士だし、警戒する必要などないだろう。
そんな軽い気持ちでの約束事だが、クラス中は大騒ぎで、一緒に行きたいという女子で溢れ返った。
その噂はクラスだけに留まらず、他のクラスにまで及んでいたと知ったのは放課後だった。





 
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