頂き物

□桜と君に惑う夜
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月明かりの下で見る桜は、どうしてこんなに妖しく映るのだろう。
どこかで読んだ小説の一節は、もしかしたら真実なのかもしれないと思えるほどに。





月詠は今、終夜灯も少ない郊外近い桜並木を、銀時と手を繋いで歩いている最中だった。

「オメー夜桜なんて見たことねーだろ」

そう言いながら、恋人がたまたま日勤勤務だったのをいいことに夕方いきなり連れ出した。
花見、しかも夜桜見物ともなれば人出は物凄いだろうと予測していたのに、連れてこられたのは穴場なのか全くと言っていいほど人影が無い静かな場所。
その代わりと言ってはなんだが、様々な桜の木々が色とりどりに夜空に向かって咲きそろっている。
ソメイヨシノ、ヨウシュン、ベニシダレ、コシノヒガシ、等々。
一言「桜色」では表現できない薄桃色のグラデーションに、酒も飲んでいないのに酔いそうになる。
昼間とは打って変わって、幻想的ともいえるほどに咲き誇った木々はどこか不気味に感じられるほどだ。
吉原では決してお目にかかれぬその美しさに新鮮な驚きを覚えながら、月詠はただただ見入るばかりだった。

(あまりに美しいものを見ると、人は恐怖を感じるともいうな)

禿時代に教養修行と称して読まされた一編が頭をよぎる。
恋人と逢引しているというのに、桜の美しさに魅了されて銀時が喋っていることすらろくろく頭に入らない。
ぼうっとしながら手を引かれるがままに歩いていると、傍にいる男が聞こえよがしにぶすっと呟いた。

「…ちぇっ」

その声に現実に引き戻された。見れば銀時は月詠がいるのと反対側を向いて、ひたすら機嫌が悪そうだ。

「?なんじゃ、どうした銀時」

「なんだじゃねーよ。オメー、せっかくオレとデートしてるっつーのになんだよ一体」

「は?」

月詠は本気でワケが分からないと言いたげに首を傾げた。

「あのさぁ月詠、お前今何してんの?」

「何をしてるって…ぬしに誘われて夜桜見物じゃが」

そうだ。今日のこのデートはそういう触れ込みだったはずだ。
ぬしがそう言ったんじゃろうと言葉にしそうになって、だが喉の奥でそれを飲み込んだ。
銀時の言うことは時々意味が分からない。
真面目に言っているのか冗談を言ってからかっているのか、はたまた別の意図があるのかと本気で混乱しそうになる。
そんな女の心も知らず、やれやれとばかりに嘆息すると勝手な理屈を並べ始めた。
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