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□雨はまだ、止まない。
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これだから、梅雨っていやなのよ。
湿気を含んだ黒髪を手櫛で整えながら彼女は溜め息を吐いた。
それにこう雨に振られてはいろいろと面倒なのだ。例えば洗濯物とか。
つららは窓越しに空を見上げた。一面暗い雲に覆われている。雨はまだ止まない。
そうやって空き教室ですることもなくただ外を眺め続けていた彼女の耳に、ようやく、授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえてきた。
やっと、リクオ様と帰れるのだ。
机の横に掛けていた荷物を掴むと彼女は走った。
―――――
「帰りましょう!リクオ様!」
勢いよく教室に入ってきた彼女は真っ先にリクオに駆け寄る。
「うん」
しかし、それじゃあ行こうか、と彼が笑い掛けたのはつららではなかった。
彼のその視線の先を目で追ったつららは眉を寄せた。
家長だ。また彼女も一緒に帰るのか。つまらない。
そう思いつつ暫し家長を見ていると目が合った。少し睨まれたがすぐ目を反らされた。
多分こちらの思いが向こうにも伝わったのだろう。もしかしたら顔に出ていたのかもしれない。つららはそう思った。
だからといって、どうということはないが。
傘立てから自分のものを探し出しそれを手にしたリクオは廊下を歩き出す。そしてその後ろを追うようにして続くつらら。
「待って!」
突如声がかけられた。
二人が振り返ってみると、何故か家長はまだ傘立ての前にいるようだった。
「私の傘がない…っ」
呆然と立ち尽くす彼女につららは口を開いた。
「あなた確かにちゃんと持ってきてたの?」
「当たり前でしょ!」
「…もしかしたら傘を持ってきてなかった人とかが、盗んだんじゃないかな」
リクオは続けて言った。
「カナちゃん、よかったら僕の傘―――」
「これ使って」
リクオの言葉を遮って傘を手渡したのはつららだった。
「え?」
家長だけでなくリクオも驚いたように目を見開いている。
「私、もう一本持ってるから」
嘘だった。つららが持っている傘は手渡したものだけだ。だが、心優しいリクオが傘のないという家長に彼自身のものを貸すであろうことは目に見えていて。
二人が傘を共有する所なんて見たくなかった。かと言って家長と自分が一緒に、というのも耐えられない。
そして咄嗟に衝いてでたのは嘘だった。
「あ、ありがとう」
「えぇ」
貸したはいいが、このままだと持っていないことを知られてしまうだろう。そうなると少々厄介だと彼女は思った。
「…そうだ!大事な用事を思い出したので、リクオ様、私先に帰りますね」
言うやいなや、つららは昇降口の方向へと駆け出した。
――――
一旦外に出た後、つららは物陰に潜んでいた。
あまりにも急いでいたため上履きのままだったのは仕方がない。
しかし、もうそろそろ出てもいいころだろう。彼女は靴に履きかえるため下駄箱へと足を進めることにした。
自分はリクオ様の側近なのだ。どこに危険が潜んでいるかわからない。帰り道だってお守りしなければ。
リクオと家長が帰るのをこっそり後から見守ろう、とつららはこう考えていた。
下駄箱から靴を取り出し急いで履き替える。
その最中背後で足音がするのが分かった。他の生徒だろうと気にもとめず屈みこむ彼女の頭上で声が聞こえた。
「そんなに急いで何処に行くの?」
はっとして顔をあげると。そこにはいるはずのない人がいた。
「あ……」
「ん?」
「どうして、ここに…」
つららが見上げる先にはリクオ一人。何故。どうしてこんなところに。大体あの家長はどうしたのだろう。
「まずそれは、こっちのセリフだろ」
昼の彼には珍しく意地悪そうな笑みで見下ろされ、つららは言葉を失った。