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□雨はまだ、止まない。
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「それで、どうして嘘ついたの?」
ぱらぱらと傘が雨を弾く。その音が妙につららの耳に響いた。
「つらら?」
「…あっ、えっ!?」
振り向いたつららはかなり挙動不審だった。
つい先程、リクオに彼自身の傘の中へと引き込まれてからというものの、つららの心臓は煩く脈打っている。
遠慮します!と悲鳴も同然に声をあげた彼女だったがどうやら傘を持っていないことは見抜かれていたようで。
そうして相合傘で帰宅するという今の状況に至っている。
「ええと…その」
どう説明すればいいのか見当もつかない。正直に話せるわけがないし。
困り果てたつららはちらりと隣を伺い見る。
それと同時に彼女の視線がある一点に釘付けとなった。
「やっぱり私いいです!」
突然、傘から飛び出そうとしたつらら。そんな彼女に驚きつつも、リクオは腕を掴み引き止めた。
「何言ってるんだよ。大人しくしてて、雨に濡れるよ」
「私なんかはいいんです!それよりもリクオ様の方が…」
つららの見つめる先には右半身を雨に濡らしたリクオの姿があった。
対してつららは全くといっていいほど濡れていない。
彼は自分の方にばかり傘を傾けてくれていたのだと、今更ながら気付いた。
「あぁ。大丈夫だから気にしないで」
「でもっ…」
「そこまで言うならもう少し近くに寄ればいいんじゃない?」
驚き、弾かれたように彼女がリクオを見上げると、彼は不思議そうに見つめ返してきた。その瞳は彼がただ純粋にそう思っていることを示しているようだった。
舞い上がっていた気持ちが急激に冷えていくのを感じた。
そうだ、リクオ様はいつだって優しいのだ。それは勿論、私だけにでは、なく。
待ってくれていたことが嬉しくて単純に一人舞い上がっていた。ここに家長がいないということに優越感すら感じていた。
何をかってに期待していたのだろう。何をかってに自惚れていたのだろう。つららは目を伏せた。
しかしそれは一瞬のことで、直ぐさま視線を戻した彼女は意を決してリクオとの間隔を狭めた。
これ以上、雨に打たれてもらうわけにはいかない。
「…それで、さっきの話に戻るけど」
いつの間にか、ぱらぱらという、傘の音は聞こえなくなっていた。どうやら雨は大分落ち着いたようだ。
「傘を持ってるなんて言ったのはどうして?」
「…それは……。今みたいにリクオ様に濡れてほしくなかったから…です」
腑に落ちない表情で見つめてくるリクオに彼女は戸惑った。
もしかしたらまた嘘がばれたのかもしれない。だからといって本当の理由を話すことはできないのだ。
「なんで僕が濡れることになってるの」
「…え?!だ、だってリクオ様は家長に傘を貸そうとしてたのでは…」
「うん、いま手に持ってるやつはね」
言っている意味がよく分からなくなって、つららは黙りこむ。頭の上にハテナマークでも浮かんでいそうな彼女の姿に、リクオは気づかれないよう小さく笑った。
「僕もう一つ持ってるから」
「……へ?」
「ほら」
そう言ってリクオは自分の鞄を探る。取り出して見せたのは折りたたみ傘だった。
「なるほど!さすがですリクオ様!準備がいい―――」
言いかけてつららは止まった。今差されている傘と彼の手の中にある折りたたみ傘を交互に見て首を傾げる。
「あれ、じゃあ、なんでそれ使わないんですか?」
二つあるのならもっと早く言ってほしかった。片方私に貸してくださればリクオ様だってこんなにびしょ濡れにならなくてよかったのに、と口を尖らせ呟くつらら。
それを隣で聞きながらリクオは爽やかに微笑んだ。
「自分の傘なんだからどうしようと自由だよね」
僕は貸したくなかったんだけど。でも、つららが使いたいって言うなら…今からでも貸そうか?
そう言って笑うリクオと目が合うと彼女は顔を真っ赤にしてただただ首を横にふった。
雨はまだ、止まない。
(だけどそれも、そう悪くはないかもしれない)