めいん

□魔法の呪文
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わっ、と舞台中に響く笑い声と拍手を感じて、目を閉じた。今あの場にいる人たちは一体どんな気分なんだろう、人々を笑わせて自分たちもきらきら輝いて、きっと最高に楽しいに違いない。
夢にまでみた場所、そこにこれから、オレたちは立つんだ。人々を笑わせてきらきらにする、昔見たあの漫才師のように。
ずっと憧れていた、あの人たちのように。

実感すると同時に心臓は五月蝿い程暴れはじめ、背中にじっとりと汗の感触を認めた。嗚呼、緊張してきたみたいだ…そわそわと辺りを見回したり、何度も深呼吸してみたけど、それが和らぐことは無くて、ますます心臓は暴れまわる。華やかな、あの笑い声響く舞台の裏は真っ暗で、出番を待つ程に暗闇に追い込まれて溶けていくようだった。手も震えて来たし、うう、これじゃあちゃんと漫才が出来ない…それは嫌だ!

救いを求めるように漂わせて、こつん。宙を滑った左手がたどり着いたのは、相方の右手だった。そういえばこの相方は先ほどから全く動じていない。この大舞台で緊張したりしないのだろうか?
右手にオレの手が当たった事で存在を認められ、相方はオレのほうに顔を向けた。

「パール?…どうしたの?」
「……う、うん…」

歯切れ悪く相槌をうち、ダイヤの手を握る。その手はほのかに暖かく柔らかで、オレは更に何か求めるようにぎゅっと握りしめるのだった。

「あ、緊張してるんだね〜」
「そりゃここまできたら…失敗したら怖いだろ、ガチガチにもなるさ」

柔和な笑みで話しかけてくる相方に応答した声は、発している自分ですら笑えてしまうほど震えていて頼りなかった。それを聞いた相方は、ありゃりゃ重症だねとのんびり言い放つ。

「…お前、緊張しないのかよ?」
「オイラ?してるよ?」
「嘘だろ」
「本当だよ、ほら」

そう言ってダイヤは、握られたオレの手をそのまま自分の左胸に持っていく。なるほどそこはどきどきといつもより早く脈を刻んでいた。

「舞台に立つの、怖い?」
「……あそこに立つのは、怖くない。ずっと憧れてた場所だから。ただ、オレたちの実力が通用するのかわかんないし、それが…怖い」
「…うん」
「ダイヤは、怖くないんだな」
「怖いよ。でも」

ダイヤはゆっくりと頷いて、オレの右手を左胸に当てたまま顔を上げた。目線は交わり、暗闇で蒼色を認めた。オレの右手はダイヤの心音を感じて、その振動をオレの心臓へ伝えた。
幾分か落ち着いた様子のダイヤの心音に合わせて、オレの脈も徐々にゆっくりになっていく。不思議だ。

「パールが一緒なら、オイラは大丈夫。」

ふんわり、まあるく、相方は笑った。その表情を見ただけで、何故かオレも大丈夫なような気がしてくるのだった。そうだ、オレ、ひとりじゃないんだもんな。不思議だ。

オレたちのコンビ名がアナウンスされて会場中に響いた。かんかん、とあの憧れへ続く階段を上がっていく。2人分の足音は、会場を埋める拍手の中でもひときわ大きく聞こえた。扉の前に立って、大きく、深呼吸。大丈夫、オレには世界一の相方が隣にいるのだから。

「…ダイヤ」
「なに?」
「オレ、お前とコンビ組んで良かった」
「うん。」
「そんで」

扉が少しずつ、開く。そこにはもう嫌な緊張は無くて、ただただ一歩踏み出すのを待っている、そんな気分。

「これからも、相方はお前がいいな」
「うん、オイラも、パールとずっと一緒にいたい」

扉はみんな開いた。真っ暗な舞台裏から一転、眩しい程のスポットライトと聴衆。そして、憧れたステージに、スタンドマイク。
オレ達は目線を合わせるとにっこり笑い、夢のステージへ飛び出した。




魔法の呪文
(きみの声が)
(意味をもつ)




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パール&ダイヤモンド
夢の舞台のはなし



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