めいん

□グリ
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朝。
自然にふっと目が覚めて、いそいそと布団から這い出た。枕もとに置いてある目覚まし時計を取り、鳴らないようにスイッチを切った。そのまま時間を見て、はぁとため息をつく。なんだ、まだこんな時間か。

「………あれ」

まだ、…って。なんだ、らしくもなく、楽しみにしていたらしい。彼女との約束を。

寝室から出てキッチンへ行くと、もう姉さんが起きて朝食を作っていた。おはよう。そう言われたから、オレもおはようと返した。コーヒーメーカーから漂う香ばしい香りにつられ、手近なコップへ手を伸ばす。


「はい、お待たせ」
「ん、」

美味しそうな湯気をたてて、オレの皿にベーコンエッグが乗る。簡単でごめんねという姉さんにいや美味しそうだよと言うと、なんだか嬉しそうねと返された。
朝食を終えると自室へ戻り、クローゼットを開ける。少々派手すぎるかなと思いながらも、結局買ってしまったグレーのジャケット。今日まで一回だって着たことがなかった。デートの日に新品をおろすなんて、女々しいだろうか。


『予定入ってない日ならいつでもいい』

そう無愛想に言って、彼女に自分のスケジュール帳を差し出したのはいつだっただろう。いつもいつも自分の都合を優先させてばかりで、彼女の弟分にはよく怖い顔をされていた。

『ほんとに?』

そう言って嬉しそうに笑う彼女が、やっぱり自分はいちばん好きだった。

洗面所で歯を磨いて、軽く顔を洗う。タオルを取ろうと手を延ばすと、かつん、と手が小瓶に触れた。彼女が選んでくれた香水だった。彼女いわく、『グリーンが思い浮かんだ』らしい。自分ではよくわからない。
手首に少し吹き付けて、首に軽く擦りつけてみる。ふと鏡を見ると、向こう側でにやつく姉さんと目が合った。

下足箱から靴を選んで、踵まで入れる。置いてある卓上鏡で軽く最終確認。変なところはない、と思う。多分。
息を吸って、吐く。大丈夫、だいじょうぶ。もうすぐ会える。

「行ってきます」

キッチンの奥から、行ってらっしゃいと聞こえた気がした。

まだ待ち合わせの時間より早い。彼女はまだ来ちゃいないだろう。ゆっくりと歩みを進めてみたつもりだったけど、思ったよりはやく着いてしまった。
まったく、彼女にはペースを崩されてばかりだ。待ち合わせの大時計と自分の腕時計を、交互に見てはそわそわ。途中声をかけてきた女の子に、連れが居るからと何回も断った。

ゆっくりと進む秒針がもどかしくて、ふうと息をついたその時。

「…グリーン!」

愛しい彼女の声がする。久しいその姿に、思わず顔が綻ぶのを感じた。
ああ、好きだ。そう思う。
走ってきたからなのか上気した頬は紅く染まっていて、綺麗にめかし込んだ彼女はやはり可愛らしかった。

「お待たせ」
「遅いぞ」

まったく、とため息をつくと、ブルーは笑った。敵わないなと、こんなとき思うのだった。

「久しぶり」

そう言って少し腕を広げると、無遠慮に飛び込んでくる彼女。それにまた笑って、オレも無遠慮に彼女を抱きしめるのだった。






(きらきらきみと)






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