めいん

□ささのはさらさら
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ざああ、ぱらぱら。
素晴らしい、と手を叩きたくなるような勢いで、ごうごうと雨が降る。いっそ清々しい程だ。大量の雨粒で、視界が白く煙っている。警報、でるんじゃないのか、これ。ほんとうに、見ている分には楽しいもんだ。まぁ、この豪雨の中歩いて帰るだなんて考えると、ため息しか出て来ないわけだけれど。
多量の雨は音をたてて窓を叩き、傘のみで帰路につく勇者たちへ容赦無く降り注ぐ。もうすぐオレもあの中へ飛び出し、幾千もの冷たい洗礼を受けるのだ。うぐう。
踊り場の窓から外を眺めていると、かんかんと階段を下りてくる足音が、耳に慌ただしく響いた。やっときたかぁ。ゆるゆると振り返ると、肩掛けかばんを揺らしてダイヤが階段を下りてきていた。

「パール、お待たせ!」
「遅いぞダイヤー。雨、本降りになっちゃったぜ」
「先生の話が長くて…ごめんね〜」

申し訳なさそうに笑って、じゃあ帰ろっか、というダイヤと、並んで階段を下る。上履きが湿った廊下に擦れて、きゅ、きゅと鳴る。滑らないように気をつけろよ、なんてぽいっと言葉を投げかけると、パールもね、などと返ってきた。
図書室の前を通りすぎようとしたとき、ダイヤが不意に足を止める。数歩余分に歩いてしまったオレは、また後ろに数歩下がらなければいけなくなった。

「どうした?」
「みてみてパール、笹!短冊かかってるよ〜!今日、七夕だったなって、思ってさ」
「あー……そっか、そういえば7日だ」

7月7日。年に一度、天の川を越えて織姫さまと彦星さまが出会える日。そんな話もあったなぁと、笹の先で揺れる短冊を見ながら思った。ふとダイヤは、手に持った傘と、窓の外を煙らせる豪雨を見比べて、しょんぼりと肩を落とした。

「なんだよ、悲しい顔して」
「今日雨でしょ。織姫さまと彦星さま、会えないね」
「…あー…」

そんなの気にするのか、と思いつつ、オレも窓の外を見る。うむ、勢いは衰えることなく、今もすごい雨だ。バケツをひっくり返したような、って感じ。

「雨が降ると、会えなくなるんでしょ? 雨で川が溢れて、渡れなくなっちゃうんでしょ?」
「う、うん、そうだな」
「可哀相だよ、一年に一回しか会えないのに! ねぇパール、なんとかしてあげようよ」
「そんな無茶な」

泣きそうな顔で迫る相方の、無茶苦茶すぎる要求に戸惑う。
だって、空の上だし、星だし。どうしろっていうんだよ…。そりゃあ、ほかならぬダイヤの頼みってんだから、叶えてあげたいのは山々だし、今日は七夕だし。オレだって、2人の逢瀬が叶わないのは悲しいし、なんとかしてあげたいけど…。
そうだ。

オレは笹の横に備え付けてある短冊の束から一枚抜き取ると、マジックペンの蓋をきゅぽんと外した。『織姫さまと彦星さまが会えますように』と書き、笹に吊すと、ダイヤは訝るように短冊を見つめた。

「パール、お願いごとは出会えた2人が叶えてくれるんだよ?」
「大丈夫だって。だいたい、願いごとなんて自分で叶えるもんなの」
「そっかなぁ」
「そうそう。彦星さんだって、ほんとうに会いたいなら溺れる覚悟で川を渡ればいいのさ」
「無茶苦茶だね」
「オレだったらそうするけどなー」

ダイヤは、本当に溺れたら死んじゃうよ、なんて笑って、そっと短冊を撫でた。

「雨、止むかなぁ」
「止むさ、絶対」
「パールがそういうと、本当にそうなる気がするから不思議だね」

嬉しそうに笑うダイヤの手を引いて、ほら帰るぞ、と階段を下りる。生徒玄関に着いてもまだざぶざぶと降り続く雨に眉をしかめて、傘の柄に手を伸ばした。
ずぶ濡れ覚悟、かぁ。

「ねぇパール」
「なんだよ」
「雨があがったらさ、オイラもお願いごと、するね」
「へぇ、なんて?」

「パールとこれからも一緒にいられますようにって」

振り向いたときにダイヤはもう、大量の雨粒の中へ飛び出していた。赤い傘が揺れて、早く帰ろ、とオレを急かした。






ささのはさらさら

(かなえてオホシサマ!)








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