□もっとこっち来てよ…寂しいじゃん
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雪の降り始めた街の空を見上げて。
俺は行こうかどうしようか迷って。マンションの玄関の前で一瞬だけ足を止めた。
バレンタインは恋人らしいことしよう。なんて。
柄にもなく映画のチケットなんて渡した。
1枚は○○○が持ってる。
そしてもう1枚が、今俺の手の中にある。
けど、来てくれるかどうかなんてわからない。
○○○とはあれから電話も…連絡は一切してない。
今さらいったって彼女はいないかもしれない。
こんな寒い中…
外に出るだけ無駄かもしれない。
一人で観る映画ほど虚しいものはない。
俺はどうしようか真剣に考え、
チケットをぎゅっと握った。
ちらつく粉雪がチケットに触れて、水になって少し濡れた。
(…いいか、1人で観ても…)
どんな内容かもわからない、○○○オススメの映画。
言われるがままタイトルを検索してとったチケットを、
俺はスッ、とポケットにしまって
歩き出した。
粉雪は風に舞ってわっ、と俺の方に吹いてくる。
冷たい風にフードをかぶるが、雪は踊るように吹雪いてくるので上手く避けられない。
まるであいつのようにじゃじゃ馬だ。
俺は可笑しくなって一人でふっ、と笑った。笑いながら歩いた。
こんなに冷たくて、心まで凍りそうなほど寒いのに、俺の心はなんだかおかしかった。
あいつのことを考えると、笑顔になってくる。
気持ちが楽しくなってくる。
お茶目なあいつの表情も、
急に思い出したように何かをしゃべる言動も、
言葉遣いも、
ジェスチャーも…
想い出せば何もかもがおかしかった。
俺を笑わせる世界チャンピオンがあったら、
間違いなくあいつは優勝だ。
○○○はお人よしだ。
横断歩道の真ん中でおばあさんが固まってると、
○○○は自分の方に車がやってくるのを見もしないでおばあさんの方に一直線に飛んでいく。
いきなり俺の横からいなくなったかと思うと、急に車の目の前に飛び出していく○○○に、俺は何度肝を冷やしたことか。
パンを焼けばいつも焦げるし。
魚はいつも生焼けだし。
靴下は左右違う柄は履いてくるし。
入ってたDVDが違いますよって俺の携帯にレンタル屋から電話かかってくるし…
なにをやらかしても
あいつは・・・
あいつは・・・・
ジョンヒョン「・・・・可笑しすぎんだろ、」
思い出したらまた笑えてきた。
雪の中で、ちょっと口元をにやにやさせながら歩くきもちわるい俺。
少し人気のない路地に入り込み、
白い壁が見えてくると、奥まったところにある映画館。入り口の横のへこんだところにある小さなカウンターのおばあさんにチケットを渡す。
こんな雪の日。
きっと映画館はがら空きだ。
老舗とも呼べるような古びた映画館は、俺が子供の頃からある。
子供の頃から、カウンターに座っていたのはあのおばあさんだった。
おばあさんは魔法使いなのかもしれない。
だとすれば、
きっとこれからはじまる映画も魔法なのだろう。
重たい防音扉を開いて中に入れば、
案の定そこはがらん、としていた。
常連ぽいおじいさんと、60を越えたくらいの夫婦が、うしろの方に座っている。
俺は真ん中あたりに腰掛けて、両肘を置いた。
椅子の間隔は狭く、脚を伸ばす前のスペースも短い。
かぎ慣れた映画館の匂いを鼻に吸い込むと、
ふいに、
紅茶のいい香りがした。
ふと、横を見上げると、
○○○が両手に紙のカップを持って立っていた。
○○○「ここの映画館…空調弱いから、寒いよ?」
そう言って俺に湯気の立つ紙カップを手渡し。○○○は俺の横を1個空けて座った。
ジョンヒョン「・・・・もっとこっち来てよ」
○○○「いいよ…ここ、狭いし」
ジョンヒョン「もっとこっち来てよ…寂しいじゃん」
付け足すようにもう一度言うと。○○○は諦めたように隣に移動してきた。
席が近いので、ふわりと○○○の香りがする。
用意周到に持ってきた膝掛けを、俺もひっぱって半分入れてもらう。
○○○「ちょっ、」
クンッ、と引っぱられるので、俺は○○○に抱きついた。
ジョンヒョン「俺ばっか好きみたいじゃん…」
○○○「・・・当然じゃん」
それは、映画が始まる暗くなる瞬間。
俺は彼女の目の前を遮って、覗き込むようにキスをした。
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