□僕だけがいればいいでしょ?
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その日。
夜勤を終えて明け方近くになって家に帰ってきた。
エントランスに敷き詰められた白いタイルを踏んで、オートロックを解除する。
掃除のおばさんはまだ来ていなから、玄関の前のゴミはそのまま置いてあって、私は鍵を開けて中に入った。
なのに
いえの中にプレゼントが置いてある。
玄関先のマットの上に、ちょこんと置かれた箱は、光沢のある紙が貼ってあって、大きな黄色いリボンで結ばれてる。
私はそれが、誰からの贈り物なのかわかっているので、躊躇わずに箱を開けた。
しゅるりと床に落ちるリボンと同時にふたをあけると、
中に携帯電話が入っていた。
かわいらしいピンク色の携帯電話。
中を開くを、もうメールが届いている。
電話は、メール機能を開いた状態で収まっていた。
「おかえり、○○○。この間悩んでいたみたいだから、携帯を買っておいたよ。大事に使ってね」
文面にはそう、書いてあった。
この間悩んでいた、というのは、数日前に起こった喧嘩が原因している。
私の職場は人手が足りなくて、思うように休みが取れない。
患者さんの容体が悪化すればすぐに呼び出されることも多くて・・・私とテミンはこのところすれ違ってばかりいた。
このあいだも、
いい感じでベッドの上に押し倒された途端にかかってきた電話。
急に助手が足りないのだと呼び出された私が横ですぐさまシャツを羽織るのを、テミンはずっと頬を膨らませてみていた。
○○○「・・・・しょうがないじゃない!私だってこれが・・・仕事なんだから!」
テミン「○○○ちゃんは僕より仕事が大事なんだね」
○○○「そんなこと言ってないでしょ?!」
テミン「言ってるよ!僕だって仕事してるのに○○○ちゃんに会いたくて来てるんだよ?!○○○ちゃんは僕より仕事に会いに行くんだ!」
○○○「はぁっ?!」
テミン「もう仕事と結婚でもすれば?僕なんていなくていいんでしょ!」
○○○「そんなことないよ!テミンのこと・・・だいすきだよ?」
テミン「・・・・・○○○は、僕にそばにいてほしい?」
○○○「・・・うん」
テミン「・・・・ぜったい?」
○○○「・・・・う、うん・・」
テミン「じゃあ、僕のためにかわってくれる?」
○○○「え・・・う、うん・・?」
その時は、あんまり・・わがままをきいてあげる時間はないんだ。そう、思っていた。
私は早く職場に戻らなくちゃいけないし・・・。
そんな時だ。
テミン「○○○には・・・僕だけがいればいいよ・・ね?」
○○○「え・・・?」
マフラーを巻き終えた私には、あまり深くその言葉を考える余裕はなくて。
ただ・・
顔を覗き込む彼が、あまりにも無垢な瞳をしていたので、
私はコートを着込んだまま、彼に頬を包まれたら、視線を外せずに、うなずくようにキスをしてしまっていた。
・・・その瞬間。
テミンはにやりと口角をあげて素早く私の手の中の携帯電話を抜き取り、即座に流し台ののシンクの中に放り込んだ。
たらいに水の入っていたそこに投げ込まれた私の携帯は、ぽちゃん、と音をたてて底に沈んだ。
ふたたびの呼び出し音なのか・・・
しばらくブーンブーンと、水の中で震えていた携帯電話。たらいの水に波紋を作り、やがて音はそこで途絶えた。
つまり、
私の携帯電話は、彼によって水没させられたのだ。
数日は会社が配っているポケベルで過ごし。
そして今日。
私の目の前にこの、新品の携帯電話が届けられた。
しばらく呆然とこの電話を眺めていると、
急にあやしげな歌が流れ出した。ラブソングでも録音したのか、流れる音はどう聞いても我が彼氏の美声だった。
ドギマギしながら携帯の通話を押す。
○○○「・・・・ヨ、ヨボセヨ?」
テミン「あー、○○○ちゃん?もう開けた?」
○○○「あー、うん、あけたね?」
テミン「ちょっと早いけど、ソレ、僕からの退職祝いだと思って」
○○○「・・・え?ん?いま、なんつった?ごめんよく聞き取れなかった、」
テミン「今ね、僕・・○○○の職場に退職願だしてきたところだから」
○○○「・・・・へっ?」
わたしは、だんだんと耳元から遠くなっていく通話の音と共に眼をぱちぱちさせる。
テミン「だって・・・
○○○ちゃんには・・・・
僕だけがいればいいでしょ?」
自信満々に言うテミンの声が、甘く低い声に変わって「愛してるよ」と、私の耳元に囁いた。
私は・・・・
彼を選ぶ覚悟が、できていたのだろうか――。
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