□ホワイトデー
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暗い夜道では気を付けなければいけないことが3つある。
1つ、怪しげな人相の人に気を付ける。
2つ、暗がりでもファンの目には気を付ける。
3つ、転倒注意!
この3つだけ心配しておけば、たいてい大丈夫。
オニュは、持ち前のマイペースさと陽気さを武器に兼ね備えて、鼻歌交じりに夜の民家の街路樹の下を通った。
最寄りの駅から10分も歩いたそこはもうすっかり田舎町で。
オニュはすっぽりと着込んだダウンのコートに首をうずめる様にして歩いた。
春だというのに気温は冷たく、ぽけっとに突っ込んでないと手がかじかむ。
オニュは街灯の下に立ち止り、GPSのついた携帯を取り出す。
地図で現在位置を確認する。
どうやらまだ迷ってはいないようだ。
見知らぬ土地で、こう、勝手がわからないというのは不便だ。
オニュは、今まで駅からまっすぐ来た大通りから路地に入る手前でもう一度後ろを振り返り、
慎重に民家の続く路地の方へと入っていった。
入り組んだ、同じような家が右や左に立ち並び、
オニュは慎重に携帯の青白く光るディスプレイを頼りに右に曲がったり左に曲がったりした。
一軒の、○○荘と書かれたアパートを見つける。
オニュはその○○の部分に書かれていたひらがなとカタカナで書かれていた部分を、青白いディスプレイに表示された文字と同じかどうか、一文字ずつ確認していった。
オニュ「うん‥、あってる」
最後の一文字まで確認し終わると、オニュは階段を上がった。
もっと軋むような音がするのかと思ったら、アパートの階段はカンカンッ、と軽快な音を鳴らした。
上までたどり着き、
ドアの横に書いてあるプレートで、部屋の番号を探していく。
ひとつひとつ目で追っていくと、奥から2番目の部屋に同じ番号があった。
オニュはドアの前で立って、もう一度携帯と表札の番号を見比べる。
オニュ「大丈夫‥合ってる」
呟いた言葉が、たまたまドアの近くにいた彼女にも聞こえたのか。薄いドアの向うから、すぐに聴き慣れた言葉が返ってきた。
○○○「ヌグセヨ?」
オニュ「僕だよ」
○○○「・・・誰?」
オニュ「ジンギヤ」
○○○「ウェグ‥チョンマr‥っソrマぁっ?!」
マジデ、のあとのまさか、の単語が言い終わる前に、ガチャガチャとすごい勢いで鍵が開いて、ドアが開いた。
オニュ「インターホンのない家に住むのは不用心じゃない?」
○○○「この国の治安は本国よりいいの!入って!」
促されるまま、
僕はほっこりと口元を綻ばせて君の家に上がった。彼女がこっちを離れてから、初めて上がる家。
○○○「突然どうしたの?」
オニュ「一足早いホワイトデーだよ」
○○○「もう明日だよ」
オニュ「あれ?そうだっけ?」
とぼけて見せて、僕はポケットから無造作に四角い箱を取り出して渡した。
オニュ「ハイこれ」
○○○「ん?」
オニュ「ホワイトデー」
指と指で摘まめるくらいの長方形の箱。振るとごとごと音がする。
少し重たいそれを持ち上げる様にして耳の近くで振っていた○○○は、
カサッと音を立てながら箱から中身を取り出す。
中には、スノードームが入っていた。
液体の入ったまんまるの球体の中で、きらきらとスノーフレークが舞い踊る小さな町。
ゆらゆらと舞い散るガラスの中の雪を覗き込みながら、○○○が口元を綻ばせたのがわかった。
○○○「毎年これをくれるわね」
オニュ「思い出が増えていいでしょ?」
○○○はそういうとテレビの横に置いてあるコレクションケースの扉を開いてガラス窓の向うにそれをしまった。
毎年記念日のたびに買い揃えていったそれは、現在小さいのと大きいのを合わせて5つ。
ここに来ても丁寧に飾られてあるそれを眺めて、僕はにんまりした。
○○○「もう・・・こないかと思った」
寂しそうに言う○○○をうしろから抱き寄せて、擦り寄る様に肩に顎を乗せた。
オニュ「○○○がどこに行っても会いに行くよ」
ほんとだよ、と付け足し。僕は、こちらを覗くように瞳のぶつかった○○○の顎を後ろに引いてキスをした。
○○○「・・・・ん、はぁっ」
―吐息が漏れるまで。
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