□外面だけはいいくせに
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旅先でジョンヒョンに出会った。

マネージャーさんらしき女の人と一緒だった。

フェリーを待つ、隔離された島のロビーで、私たちは出会った。

お互いにはにかみ笑い。

旅行ですか、とか撮影ですか、とか、まだオフレコのこともあるだろうからと思って迂闊に聞けない。

今日はいい天気でしたね、とか、どこどこには行かれました?とか。

毎日大変ですね、とか、お仕事頑張ってくださいね、とか。そんな話もしたかもしれない。

とにかく、当たり障りのない話をしようと必死で。

でも彼はそんなことお構いなしに話を振ってくる。

どこからきたの?とか、今日はどんなことしたのー?とか。

そんな一ファンの私のことなんてどうでもいいのに。

少しでも休んでほしいし、

少しでもゆっくりしてほしいし。


人に気を遣ってなんか欲しくなくて。


もっと誰にも気兼ねなく・・・のんびり・・・・ただの・・・ジョンヒョンの・・・自分の時間を過ごしてほしいと思うのに・・・。



船を待つロビーには、小さなお土産屋さんと喫茶店があった。


私とジョンヒョンはその喫茶店に入って、奥から二番目の席に座った。

4人掛けの席に、向かい側じゃなくて対角線上みたいに座った。

あえて関係のないフリをした方がいい気がした。

お互いにアイスで飲み物を頼んだ。

周りの濡れたグラス。中の氷が溶けるとカランと音が鳴る。

時折ストローをかき回しながら。

対して中のこげ茶の液体は減ってない。

ジョンヒョンのはけっこう減ってるけど。


仕事でここに来たんだーなんて言うけど、根掘り葉掘りなんて、突っ込んだ話は聞けないし。

ロビーで会ったジョンヒョンさんは、私がファンだとわかって、私が驚いた顔をして話しかけてしまっても、嫌な顔ひとつしないで、気さくに話しかけてくれて。

どうせ船が来るまで暇だからって、私と喫茶店に入ってくれた。

何か気の利いた話をしたいのに、悩めば悩むほど言葉がでてこない。

そんな私を見かねてか、ジョンヒョンさんが私に話を振ってくださる。

でも、話をしてもらえればもらえるだけ、気を遣わせて悪いなって気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


自分が、こんなに不甲斐ないと、思い知る。


にこにこして対話をしてくれるジョンヒョン氏にとうとう耐え切れなくなって、私はお手洗いに、と席を立ってしまった。


お土産コーナーの前のキーホルダーがたくさんぶら下がってる回転式スタンドの前に、もうすぐ退職してしまう休暇中の後輩が居た。


思わず声をかける。


こんなところ休暇で遊びにきてたのかって。

後輩は「どのキーホルダーにしようか悩んでる」と言いながら、今の職場を離れる寂しさをちょっとだけ話してくれた。

一番かわいがってた2年目の後輩だった。


同期が二人ともいなくなって。

1年目の後輩が春に辞めた。

そして夏に2年目の後輩がいなくなる。

もう今年の新人を教えられるのは私だけになった。

同期も後輩もいなくなって寂しい。

でも今辞めて新人を投げ出すわけにはいかない。

残されていく気持ちと、辞めるわけにいかない責任感が、何度も波のように押し寄せて。

後輩に・・・辞めないでほしいと、喉から出そうになった弱音を飲み込んだ。


喫茶店を覗けば、ジョンヒョンが、先ほど一緒にいた女性に何やら話をされていた。


今後のスケジュールの調整か‥。

はたまた、ファンである私に対する態度への警告や通達か・・。



戻ったら・・・・、「連絡先交換してよ」って言われるのかな・・・。

なんとなく。
ジョンヒョンがぐいぐいきてる感じがした。

こわくて逃げた感は否めない。


でも断ったら、傷つける、よね。


でも私はこのままの関係で居たいな。

うぬぼれだったらいいけど。

訊かれたら・・・や、だな・・・。


・・・・戻りたく、ないな‥。



マネージャーに急かされて、そのまま席立たないかな。


居なくなってくれないかな・・・。


ジョンヒョンは、席に座ったまま、まだ私を待ってる。



私は、後輩が「戻んないんですかー?」ってくるくる回すスタンドの横に立って、黙って喫茶店を見つめていた。


オープンな入口から見える、右側の奥から2つ目の席。

4人掛けの席に座ってる貴方の隣に・・・・戻りたい、戻ればいいのにって思っているのに、足が竦んで動けない。



怖がりで臆病な私。





外面だけはいいくせに




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