□名前で呼んでみていいかな
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彼女が入ってきた3年前から彼女のことは知っていたけど、
年に2回の大掃除と飲み会の席でしか会話したことはなかった。

僕と彼女は部署が違ったから。


でも諸事情で・・・というか、ひょんなことで。

僕は彼女と同じ部署になることになる。


それは例えば、こんなこと。





なまえ「仕事・・・・辞めよう、かな‥」



オニュ「・・・・え?」



なまえ「なんか・・・・上司が距離‥近くて、さ・・」




オニュ「・・・・それを今僕に言う?」






ふたりでコピー機から出てくる印刷物を仕分けしてる時だった。


彼女が急にそんなカミングアウトをしてきたのは。





最近彼女がちょくちょくうちの部署の手伝いをしてくれてるのは、うちの部署で2人も欠勤が出て大変だからなんだと思っていたけど、


どうやら本当は彼女が自分の部署の方でトラブルを抱えててここに避難しにきているってことだったらしい。



彼女はそれから1か月もしないうちに、正式にうちの部署に採用されることになる。






なまえ「今日からよろしくおねがいします」




はきはきとした、明るくて朗らかな喋り声。



「これは、どうしたらいいんですか?」

「ああ、じゃあここはこうするんですね」



物覚えも早く、聡明で、仕事にはすぐに溶け込めた。



チームのメンバー誰とでも打ち解けて仲良くなれるし、

誰からも愛される雰囲気を持った人だった。




なまえ「おはようございまーす!あれ?今日イさん出勤でした?」


オニュ「そうなの、出勤」


なまえ「ちゃんと休んでます?体壊さないで下さいよ」



オニュ「僕も休みたい。休みの日何してるの?」



なまえ「ゼルダ!超楽しい」



オニュ「懐かしい。ポケモンしかやったことない」



なまえ「やった方がいいですよ。祠がすごいいっぱいあるから」




にこにこ笑って楽しそうに話す彼女との何気ないこの日常会話は、最近僕の中でマイブームになってきた。



着眼点が面白いのか、彼女との会話には飽きがこない。


女性と話している時は、人が好いのか大概が誰かさんの愚痴になるパターンが多くて。休憩所で何度そんな立ち話に付き合ったか数知れない。


僕の知っているそんな女性たちの中で、なまえさんはとくに群を抜いて面白かった。






なまえ「総務のキムさんって、シャイニーのジョンヒョンに似てません?」



オニュ「そう?ドンウじゃなくて?」



なまえ「えードンウでもいいけど〜。いや、やっぱジョンヒョン!」




仕事の合間にコーヒータイムを挟んでると、コンコン、と開いてたドアをノックされる。




ジョンヒョン「これ、うちの方に書類届いてました」



なまえ「あっああっす、すぅみ、ませんっ!いつもいつも届けていただいて・・・」



ジョンヒョン「いいえーお互いさまですから」



なまえ「ありがとうごっふゃ、い、まっ、ッ・・」




ジョンヒョン「ふふふ‥っ」





ど緊張で噛み噛みになる彼女の対応に、苦笑いしながらおかしそうに戻っていく彼の後ろ姿を見送った彼女が、


むくれた顔で怒ったように僕に振り返る。





なまえ「もーーっ!変なこと言うから噛み噛みになったでしょおー!」



オニュ「えー僕のせいなのー?」



なまえ「聞かれてたかな?変な人だと思われてないかな?」



オニュ「そこまで面識ないでしょ?」



なまえ「ないけど気まずいのはヤダ」





悶々と僕の前で1人百面相している彼女の表情が面白い。



彼女の面白い所は、誰にでもフランクに話しかけられるのに、人見知りが激しいってとこ。


社内では今のところ僕意外と仲良く喋っているのなんて見たことないし。



つまりそれだけ、僕が彼女と仲良くしてるってことなんだけど。



彼女は気づいているのかな?





週に2回とれる休みも、なまえに合わせて取るようにしている。


そうすれば休みの日の前日はお互いに遅くまで長話ができるし。


忙しい君を時間ぎりぎりまで繋ぎとめる様に会話をする毎日。





でもまだ、キミが「男の人」を怖いと思わないという保証がないから、通用口で待つことはできない。



さりげなく横並んで「終ったの?」と声をかけ、一緒に通用口を出る。




ごく自然な流れで。





帰り道並んで同じ会話をするのが、休みの前日、ここ最近の僕の唯一の楽しみ。



なまえ「はーい、じゃあ今日は早く家帰ってのんびりして下さいね」



オニュ「えっ?」



なまえ「え?じゃない。イさんこのところ働き過ぎ!」




たしかにここんところはちょっと忙しくて詰め込んで働いたけど、明日は休みだし、なまえに会えないからもっと会話してたいのに・・・。



なまえ「こんなとこで立ち話してるより家に帰って寝た方がいいよ」



オニュ「え?でも家帰っても祠見つけにいくだけでしょ?」



なまえ「あたしじゃなくてイさんがー!もーほんと早く寝た方がいいよ?」



オニュ「はいはい」



僕が会話をしたがったって、彼女の方はもう一刻も早く切り上げたい様子で。

僕はしぶしぶ車に乗り込んだ。



いつも風のように早くいなくなってしまう彼女。







ある日、フロアの違うはずのテミンがうちの部署に顔を出してた。


昼飯から戻ってきたタイミングだったから、うちの部署に誰がいたんだっけ?と思ったら彼女だった。




なまえ「え〜〜やだ〜〜寂しい!」



テミン「いや、僕だって驚いたけどさ、出張だよ?お土産何がいい?」


なまえ「稲庭うどん」



テミン「え?何で今その単語出てきたの?なまえちゃん僕がどこ行くか知ってるの?」


なまえ「知らない」



テミン「も〜相変わらずてきとーなんだから〜なまえちゃんは〜」



なまえ「テミンが半年もいないの寂しいな・・・」



テミン「いや、僕も寂しいけどさ。っていうかフロア変わってから全然うちの部署顔出してくんないじゃん」



なまえ「え〜そんなことない。テミンがいる日は顔出してる」



テミン「ほんとかよ〜」



くしゃっと彼女の髪を撫でて、手を振って去っていくテミンの後ろ姿を見送った彼女が、


その顔のまま振り返って。僕と目が合った。





驚いたような、ばつの悪いような顔を一瞬して。


その難色をなかったかのようにいつものお仕事スマイルになって仕事に戻っていった。



テミンと話している彼女の顔は、僕の知らない彼女の顔だった。



彼は、僕の知らない3年間を、彼女と同じ部署で過ごしてきたいわば同期。


彼女のことも、お互いに名前で呼び合う仲なのだろう。・・・と、いうことを、今、さっき、

目の当たりにした。



彼女の前の部署では、彼女のことを名前で呼ぶことがごく自然なことだったんだろう。


元気ではつらつとしたイメージにぴったりだし。誰かがきっと、彼女を最初に名前で呼んだんだろう。

彼女も、テミンのことはテミンと名前で呼んでいた。





なまえ「イさん、お昼何食べたんですか?」



オニュ「カレー」



なまえ「あ、いいですね〜。夏野菜のカレーっていいですよね〜」




他愛もない会話をする時、僕たちはお互いに名字で呼び合っていた。お互いにさん付け。


でもそれは、社会人では当たり前だと思っていたし、

お互いに、そういう一線を超えない関係でいるべきだと思っていた。



でも・・・。



なのに…。



テミンの言葉が耳から離れない。




『なまえちゃん・・』






自分も本当は、あんな風に呼びたいなんて思ってたんだろうか。






なまえ「・・・イさん‥?大丈夫ですか?私、仕事に戻りますね?」




オニュ「あ、なまえ待って‥」





なまえ「え?」




オニュ「これも持って行って」




はい、と書類を渡すと、なまえは明らかに、書類を貰ったことによるものじゃない驚いた表情をして固まっていて。




それからまたすぐに「はい」と返事をして作業に戻っていった。




・・・聞こえ、なかった、かな?






オニュ「なまえ、急いで行って来てね」





なまえ「わかってますぅー」





いつもみたいに茶化して、平気な顔をして君が笑う。






ねぇ、・・・・・・・気づいてる?







僕は君の後ろ姿を目で追いかけて思う。
















【名前で呼んでみていいかな】
















(君が、好きかもしれない、と。)






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