□シリウス
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1日の仕事が終わり、すっかり寒くなった夜道を歩くと、街灯に照らされた自分の影が正面に長く伸びた。
下ろしたてのモッズコートに身を包み、ポケットに手を入れる。
正門を出て2,3歩あるいた所で、長く伸びた足の影の横に、同じく長く伸びた影が並び、私の肩をぽんぽん、と叩いた。
振り向くと、ジョンヒョンが立っていた。
「今終ったの?一緒に帰ろ」
黒のもこもこの裏地のついたあったかそうなコートに身を包み、同じようにぽっけに手を突っこんだジョンヒョンが、そう言ってにっこり微笑んで隣に並んだ。
「・・・・」
私は、言葉に詰まる。
急に隣にきて、びっくりして、嬉しくて・・・心臓が飛び跳ねそうだ。
いや、でもそんな若い子みたいな反応しちゃいけないから、冷静に、平静に。落ち着いて。
ジョンヒョンが「ん?」と小首を傾げ、ようやく私は我を取り戻すと、顔が直視できなくなって目をそらすようにふいっと正面を向いて口を開いた。
「お疲れさま、ジョンヒョンも遅かったね」
すると途端にジョンヒョンが、ぴたっと止まってこっちを見る。なんだか怒っているような顔だ。
眉間に皺を寄せるその顔に、びっくりして足を止める私の顔を、真意を確かめる様にじっと覗き込むと、
「ぶっぶー!だめ!そんなんじゃ全然ダメ!」
と今度は笑顔になって大きな声をあげた。
私は驚いて目を瞬かせる。
ジョンヒョンはそんな私の表情を見てにっこりしたあと、今度は優しい声で、
「だめ。まず『・・・』の部分を全部口にだして!言葉に詰まった部分全部吐き出して!」
と射貫くように私の目を見た。
私はびっくりして固まっていたけど、その口からはするすると言葉が溢れていた。
「どうしたの急に・・びっくり・・したよ‥でも嬉しくって・・・大好きだよ・・今日のコート初めて見た・・格好いい‥ジョンヒョンは何でも似合うね‥一緒に帰れて‥声かけてもらえて‥今日はなんていい日なんだろ・・・幸せだな」
そういうと、今度はジョンヒョンの方が口を結ぶようにして黙り込んだ。
「・・・・ひとには黙るなって言っときながら、ずるいよ」
「ごめんね、でもちょっとたんま、」
くくっと笑う様に口元を綻ばせたジョンヒョンが、今度は嬉しそうに笑って。ゆっくりと二人は歩き出す。
「なまえちゃん思ってることが顔に出なさ過ぎて・・・」
「出てたら今頃変態で掴まってるよ」
「でも俺の前では素直でいてよ」
私はポケットからあったまった自分の手を取り出し、ずい、と目の前に差し出す。
「ん。・・・手ぇつないで!」
ジョンヒョンはにっこり笑うと、自分もあったまった手のひらを外に出して、私の手の平よりも大きなその手で、包むように握った。
「あったけぇ〜」
「今日は離さないでね」
「俺今日眠れるかな・・・」
「そういう意味じゃないしー」
手を振りほどこうとした私の腕を、ジョンヒョンが力強く引っ張った。繋がれたままの手の平が、じんわりと。冬の星空の下であったかかった。
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