□ここにいる理由
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合鍵をもらっている彼女の部屋に上がり込むのは、ドキドキとワクワク感がある。


明かりのついていない部屋。少ない買い物袋を手に持ったまま暗がりで靴を脱ぎ、手慣れたように電気のスイッチに手をかける。


いつもはなまえちゃんが先にいれる暖房のスイッチを入れ、冷蔵庫に買ってきたものをつっこむと、ケトルでお湯を沸かしながら、我が家のように炬燵の電源を入れに行った。

まだひんやりと肌寒い室内。


カウンターに戻ってカップにココアの粉を少し多めに入れたら、沸いたお湯を注ぎ入れる。


一気に湯気の立ったカップを片手に、買ってきたスティックケーキの袋の端をつまみながらこたつに戻ってくる。


床のマットが温まってきてるのを確認して、中に足を差し込み、カップの中味に口をつける。ココアの甘みにほっこりしたところで、玄関のドアノブがガチャガチャッと音を立てて回った。どうやら家主が帰ってきたようだ。




「疲れたああああ」



突然廊下の向こうから聞こえたのは吐き出したような唸り声で。俺は笑いながら「おかえりー」とこっち側から労をねぎらうように声をかけた。



すぐになまえちゃんが「来てたんだ」と嬉しそうな笑顔を見せながら中に入ってきた。


よかった。怒られるかもと思ってたからとりあえず安堵。


なまえちゃんは来客のはずなのにすっかりくつろぎモードの俺を見て少し苦笑い。まぁ、そんなのも想定内。


でもすぐに、あったかくて明るい室内に満更でもない顔をして、家主はコートをかけにいく。




「ココア淹れる?」


「いれるー。とりあえず眠い」


大きなあくびをするなまえ。俺は立ち上がってケトルのお湯を沸かし直してなまえのココアを作りにいく。

デザートも食べるかな?

冷蔵庫から取り出すか悩む。


さすがに夕飯は食べたよね?

時計はもう10時を過ぎてる。



「昨日2時から寝てない」


俺はもう一度時計を確認する。



「ん?」


「このままじゃ24時間仕事しちゃうよ」


ハハ‥と乾いたように笑いながら、なまえは着替えたりアクセサリーを外したり、ぱたぱたと部屋と洗面所を移動する。



いつも俺に気を遣ってばかりのなまえが素直にココアを入れてだなんて、なんだかおかしいとは思ってはいたが・・・そうか、どうりで。

今日はちょっとハイテンションなんだな。


なるほど、と思いながらとりあえず冷蔵庫からデザートを取り出す。


スプーンを探して引き出しをあけてると、


「あ、でも嬉しいことがあったよ」


と、お気に入りのルームウェアに着替えたなまえがリビングに戻ってきた。



なんだろ?


会社でいいことがあったとか?

昇進したとか?ボーナスがよかったとか?

上司に褒められた?それとも同僚かな?



「なに?」とココアを作り終えた俺もキッチンからカップを持って戻って訊く。




なまえにカップを渡すと彼女は嬉しそうに笑った。


ああ、幸せだなぁ。

俺は今日こうして彼女と幸せだなって噛みしめるために来たんだよここに。



俺は満足そうになまえと二人でこたつに入った。





「今日、生理が来たんだよ」


「ん?なまえちゃん月末じゃなかった?」



カレンダーの日付は10日も過ぎてる。



「もう寝てないから全然来なくてさ、ずっとイライラしてたんだけどやっと来たんだ〜」


「そうなんだ・・・・せっかく明日休みなのにね…」


「そうなんだよ。気ぃ張ってたのが抜けたら途端にだよ・・・体は正直だよね。いただきます」


そういうと湯気の立つココアに口をつける。


少し熱かったのか、カップを持ったままふーふーする彼女が、そのままとろんと目を閉じだす。



「もう寝ちゃえば?」


「いや・・・・う〜ん・・・」




と考え出すなまえちゃんの意識、すでに朦朧。ぜんぜん意識なんて保たれてないし。


まどろむ彼女がそのままカップに頭をぶつけないかひやひや。




「・・・そういえば、ジョンヒョンは何しに来たの?」



ぼんやりした顔で、なけなしの意識で俺の存在を気にかけてくれる彼女。



ん〜〜・・・



何しに来たんでしょうねぇ。

そりゃあ勿論。いろいろ下心もありきで来てたんですけど。


でもそれが1番じゃないよ。




「今日はおあずけってことで」




「ふぅん」



絶対想像もついてない顔して上の空みたいな返事をひとつして。彼女はまた重たそうな瞼をゆっくり閉じてった。


俺はその寝顔を見て、この部屋の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。それはなまえちゃんの匂いだった。


何がしたくてここに来たとかじゃ、ない。



なまえちゃんに会いたかっただけ。


ただ、それだけだ。


ここにいる理由なんて。



だから、君がいればそれだけで。



彼女の寝顔を見ながらそう思った。






俺は今、幸せの中にいる。











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