オリジナル

□各駅停車
1ページ/8ページ

 
 
カタン、カタン、と。
海沿いの小さな電車に揺られて。
俺は初めて訪れた地をゆっくり眺めていた。



今まで無難な人生だった。
人と同じ様にいい大学を出て、そこそこの会社に勤めて、毎日同じように仕事に励んできた。
ただ少し他と違うところ。
それは俺がゲイだということだった。
誰に迷惑を掛けた訳でもない。周囲にはひたむきに隠してきた。
バレると面倒事になるのが目に見えていたからだ。
それなのに。どうも人生とは真っ直ぐ1本道ではないらしい。
噂が広まれば俺の立場はどんどんやりにくいものになっていった。
こうなればもう何を言っても意味はない。
もともと仕事に未練等なかった。
いい理由になったと今は思っている。
これを機に趣味で続けていたカメラを本気でやろうと街を出た。
この場所を選んだのは雑誌で一目惚れしたからだった。


『○○駅〜』


改札はひとつ。勿論自動ではない。
時刻表を見れば次の電車は1時間後。
あまりにも普段と違い過ぎる場所に俺は立っていた。
流れてくる潮風が酷く心地良い。


「…あっつ…」


キャップを深く被り込み、とりあえず海に向かった。


何処を見渡しても絵になる景色ばかり。
海岸沿いを歩きながら何度もシャッターを切った。
こんなに良い絵が撮れるなんて。
想像以上の場所に心が弾み、徐々に砂浜にも足を踏み入れた。
とても綺麗だけど、人はいない。どうやら遊泳禁止らしい。


「なんか…勿体ないような、んあっ――!?」


カメラを構えたまま歩いていたら、見事に砂に足を取られた。
倒れる!と思い、無意識の内に体を反転させるとそのまま肩から地面に突っ込ん
だ。


「――…あっぶね」


慌ててカメラの無事を確かめる。
身を呈したかいあってか砂一粒も付いていなかった。
良かった。大事な相棒をさっそく傷付ける所だった。
ほっとして起き上がろうとすると、目の前に綺麗な手が見えた。


「――大丈夫?」


逆光で眩しく、曖昧に見える姿。
でも。
かけられた声も、差し出された手も。
後から覗き込んできた顔も。


「…砂だらけ」


そう言ってふわっと見せた笑顔に俺は手を取る事も忘れていた。



 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ