TexT;ぬらり(不倫依存症)

□忍ぶれど
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「ねえ、あんな奴やめて、オレにしなよ」
口にすると、竜二は困った顔をした。
困らせたい訳じゃないのに。
笑っていてほしいのに。
うまく伝える言葉は見つからず、魔魅流も途方に暮れるしかなかった。


駅で会った。
和服姿の男なんて珍しいから見とれて、あんな人初めて見たな、と思った。
最初はそれだけ。

意識すると、意外とあちこちですれ違う。
大学生で一人暮らしの魔魅流と自宅が近いのか、生活時間帯が似ているのか(たぶん両方だ)。
知らず探してしまうようになった。

図書館で本を選んでて、隣に並ばれた時はドキドキした。
するりとしなやかな動き。
真っ黒な髪を見下ろすと(自分の方が高いことに、魔魅流はこの時初めて気づいた)何かいい匂いがした。
振り切るように適当な本に手を伸ばせば、同時に横から出た手に触れた。

「…あ、」
「失礼」
口ごもった魔魅流に鮮やかな笑顔を見せて、彼は本を取り出す。
きびすを返す足取りになぜか焦って、貸し出しカウンターから駅までついて行った。

「…あの、僕も方向一緒なんで、」
聞かれもしないのに独り言めいた言い訳をこぼす。
「知ってる」
また彼が笑ってくれて、その言葉に魔魅流は驚いた。
「結構あちこちで見かけるよ、お前。目立つからな」
「目立つ?」
知らねえのか、と呆れた顔をされて、かわいい、と思った。
この人、かわいい。
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