TexT;ぬらり(不倫依存症)

□予告編2改
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「今日は、すみません」
酔っ払いの喧騒には遠い、落ち着いた声に竜二は目を上げる。
グラスを片手に持った眼鏡の男が、微笑した。
「横に座っても?」
無言で頷き、少し場所を空ける。

「突然押しかけてすみませんでした、寝てらっしゃいましたか?」
「…いや、起きてた」
正直に答えると、耳聡い秀元が向こうから声を上げる。
「竜二はな、僕が帰る日はいつでも、どんなに遅くても待っててくれるんやでー」
「…っ!」

傍にいれば殴って罵声の一つでも浴びせるのだが、なにしろ距離があり、初対面の「友人」の前では躊躇われた。
結果、竜二は頬を朱に染めただけで俯いてしまう。
「な、竜二は可愛いやろ」
のんきに言う秀元を、後でぜったい殴る、と心に決めながら。

「…そうなんですか?」
笑みを含んだ問いかけに、顔がまた熱くなった気がする。
「たまたまだっ」
見られたくなくて顔を背けると、はっきりと笑う声が届いた。
「竜二さん、耳が真っ赤」
「放っとけ!」

居たたまれずに立とうとすると、慌てた男に制された。
「ああごめんね、気に障ったなら謝るよ」
「……」
仏頂面のまま(でもたぶん耳は赤い)座り直すと、よかった、と男が笑う。

「竜二さんを怒らせたら、秀元に何をされるか。アイツは性格悪いんだよ、知ってます?」
それから男が話してくれた数々は、竜二の知らない秀元ばかりだった。
男は話術が巧みで、竜二は何度も笑い、引きこまれた。


「こら、雅次」
話に夢中になっていると、秀元が寄ってきた。
「お前、うちの奥さんに何吹き込んでんのや」
ちょうど話は、秀元の過去の悪行のくだりで、竜二は雅次とくすくす笑う。

「あー、竜二、笑うたな!」
大げさに両手を広げた秀元は、竜二に抱きついた。
「ちょ…、秀元っ」
「ええか竜二、コイツの話は聞いたらあかんで」
慌てる竜二をよそに、秀元は言葉を続ける。

「雅次は口達者でな、何人の女を泣かせたか。しかも人妻好きやで!」
竜二なんか近寄ったらあかん、しっしっ、と手で払われて雅次は苦笑した。
「随分な言われようだな、秀元」
「身から出た錆や」

そこへ向こうから声がかかり、秀元は名残惜しげに竜二を離す。
「竜二、コイツと手ェつないだりしたらあかんよ、妊娠するで」
「するか!」
さっきの恨みも込めて頭をはたくと、秀元は笑って去った。
 

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