TexT;ぬらり(不倫依存症)

□玉の緒
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その日は、竜二の兄の命日だった。


兄は数年前に自死した。
快活で友人も多く、頼れる存在、竜二にとっても自慢の兄だった。
その兄は、人間関係とやらに悩み心を患った揚句、最悪の結末を選択した。

兄も辛かったのだろうと、今なら思いやれるが、当時受けた衝撃はあまりに大きかった。
憧れだった兄、光り輝く兄が、変わり果てた姿で帰宅した時、竜二はとうとう直視できなかった。
盛大な葬儀も、何一つ記憶に残っていない。

そうして、その日、その出来事は、竜二のトラウマになった。


カレンダーを見て、命日が近いことに気付いた竜二は、早目に実家を訪れることにする。
当日手を合わせに行くと、家人があの日のことを話題にする、それだけは避けたかった。

時候の挨拶のごとく、あの日は暑かった、蝉が煩くて、などと語られたくない。
竜二にとって、その記憶は、未だ触れられたくないものだった。
当日を避け、人目を忍ぶように手を合わせる、それが竜二なりの追悼だった。

ささやかな一人きりのお参りを済ませ、今年も夏が来ている、と思う。
マスコミでは、鎮魂の夏、というフレーズが飛び交っているが、竜二にとってもそうだった。
先の大戦、無数の人々が命を落としたが、親しい人が消えた痛みは、竜二にも刻まれていた。


心のどこかで意識しながら、何事もなかったように生活する数日。
命日までの日々は、毎年命のカウントダウンをされているような、不快な緊張感に満たされている。
兄の好物、共に過ごした記憶、あの夏の日。
回想は脈絡なく脳裏に甦り、いつも終末の日で終わる。
その度に、竜二の精神は少しずつ疲弊していく。
あの日に向けて。

そうして、当日、竜二は爆発した。
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