TexT;ぬらり(不倫依存症)

□玉の緒
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その日、秀元は不在だった。
事情を知っている彼は、毎年傍に居るように努めてくれた。
しかしここ数年は竜二が落ち着いていたし、忘れているようだった。
竜二も敢えて口にはしなかった。いつまでも抱えていると、思われたくなかったのだ。

それでも、一人で過ごすには、記憶が重すぎる。

竜二は魔魅流といた。
何も知らない魔魅流となら、何事もなかったように過ごせる、そう考えたのだ。
それが裏目に出た。

どうしても神経が高ぶって、些細なことで苛立つ、竜二の心はやはり平静ではなかった。
何も知らない魔魅流は、単に機嫌が悪いのかと合点した。

「なんで機嫌わるいの、竜二」
魔魅流が面と向かってこういうことを言うのは、珍しい。
実はもう、怒っている証拠だ。
「オレのこと、そんなに気に食わない?」
言われて初めて、竜二は自らの態度が悪かったことに気付く。
「………」
けれど歪んだ心は手一杯で、謝罪の言葉が出てこない。

「…、もういい」
黙り込んだ竜二に痺れを切らし、魔魅流は立ち上がる。
「今日は終わりにしよ、帰って」
拒絶の言葉。
かつてないほど明確に放たれたそれに、竜二の精神は過剰に反応する。


帰って。
帰る。
帰りたい、どこに?
あの日に。
ふらふらと立ち上がった竜二を、魔魅流が不審げに見ている。
目が合わせられない。

あの日。
あの夏の日、兄が死の淵で苦しんでいた時、何も知らずに過ごしていた自分。
最後に交わした会話、軽く流してしまった言葉、きっと兄には言ってほしい言葉があったろうに。
いや、自分が言い残しただけだ、それがきりきりと悔やまれるだけだ。

死ぬな、と。


頭のどこかが明滅を烈しく繰り返し、竜二の意識がぼやけてくる。
落ち着け、と大きく肩で息をすると、それは止められない勢いになる。
息ができない、こんなに吸っているのに、追い付かない、まだ、もっと早く、どうして手足が冷たく痺れるのか。
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