TexT;ぬらり(不倫依存症)

□銀のしずく、降る
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急に雨が降った。
たまたまゆらと、秋房と一緒だった。
雨は直ぐに上がった。

どれか一つでも欠けたら、竜二は魔魅流に出会わなかった。


たまの休日、竜二は妹と出かけていた。
従兄弟の秋房が最近一人暮らしを始めたとかで、軽く覗くつもりが、ゆらに見つかった。
秋房はゆらのお気に入りで、しかも一人暮らしに憧れる年頃。
煩くせがまれて、渋々同行を許した。

ゆらお勧めの菓子なぞ求め、ぶらぶら歩く途中で空がさあっと黒くなった。
俄かに本降りとなった雨に慌てて駆け出す、と後ろで派手な物音。
嫌な予感に振り向くと、案の定、妹は道に張り付いていた。

待ち合わせ場所に現れた兄妹を見て、秋房は絶句した。
濡れて凶悪な面相の兄と、同じく濡れて泥まみれな妹が、無言のまま、穏やかさとは程遠い気配を漂わせている。
長い付き合いで過程も把握できた秋房は、嘆息しただけで新居に案内した。

一人暮らしの部屋は、几帳面な秋房らしくきちんと片付いていた。
汚れた手足を洗い、タオルを借りて人心地ついた客はリビングに落ち着いた。
手土産の菓子と、湯を入れた急須が運ばれてくる。
まだ物が揃わなくて、と恐縮しながら従兄弟は不揃いなマグカップに緑茶を注いだ。

秋房は、いいとこのお坊ちゃん、を体現するようなところがある。
例えば緑茶を注ぐ手つきが丁寧で、そうされて育ったのだろうとか、揃いの湯呑みが無いことを恥じるような、そんな感覚を持ち合わせていること。
このマンションだって、新築ではないものの、部屋も複数で駐車場には外車ばかりが並んでいた。

珍しげにきょろきょろするゆらを眼光で留めながら、竜二は空模様を窺う。
小降りになってきた雨が、もうじき止みそうだった。
口にすると、妹は飛び上がってベランダに向かった。
口実を与えたことに舌打ちしつつ後を追うと、雨はもう止んでいた。
ゆらはベランダに出ている。

行ってみると、そこはバルコニーと呼べる広さで、階層ごとにずらすように造ってある。
つまり上階のバルコニーが、半分だけ迫り出して屋根の代わりになっていた。
広いとはしゃぐゆらを横目に景色を見ていると、声が降ってきた。

「越して来た人?」
見上げると、屋根代わりの上階バルコニーから覗く顔。
白皙の、栗毛色の、中性的な。
「いえ、従兄弟の所に遊びに来たんです。すんません、煩かったですか?」
ゆらが愛想よく返答する。
「ううん、楽しそうだったから」
にっこり笑った顔は人形のように整っていて、ゆらはため息をついた。

また落ち始めた雨に、妹が屋内に入るのを見届け、竜二はもう一度見上げてみた。
さっきの顔はまだそこにあって、竜二を認めてにっこり笑う。
笑顔のまま、白い手が現れ、手招きした。
言葉はなく、ゆっくり立てた人差し指が、唇の前に。
笑みが深くなった。

「竜二兄ちゃん、雨やしピザ取ろうって!何がいい?」
「何でもいいが、ちょっと出て来る」
「えー!」

5分後には、竜二の指がチャイムを鳴らしていた。
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