TexT;ぬらり(まみ竜)

□甘いのあげる
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家業で出かけた帰り道、竜二は魔魅流と連れ立って歩いていた。
急に差し込むような空腹を覚え、とうに昼は過ぎる時刻であることに気がつく。
もっと手早く終わらせるつもりだったので、昼食は念頭になかったのだ。

「魔魅流、何食べたい?」
適当に済ませようと辺りを検分しながら、傍らの長身に問い掛ける。
「チョコ」
「はあ?」
返答はいかにも魔魅流らしく的外れで、しかし慣れている竜二は、じゃあ、とうどん屋の暖簾を潜った。


空腹が満たされ一息つくと、竜二は先程の問答を思い出す。
「お前、チョコ食いたいの?」
「ううん」
掌を返す答えに、竜二は動じない。じゃあなんでだ。
「いっぱいバレンタインの飾りがあったから」
「あー、またお前は大量に貰ってくんだろーな」

頭の中身はたいへん心許ないが、反比例するかのような見てくれの良さで、魔魅流は毎年、チョコの小山を抱えて帰宅するのだった。
「要らないのに」
「渡す女も報われねえな」
返礼もリアクションもないのに、渡すだけで満足という奴はわからない、竜二は詰るでもなくそう笑う。

「そうだ魔魅流、バレンタインは男から贈ったっていいんだぜ、買う奴の気が知れないがな」
「なんで?」
「莫迦、恥ずかしいだろ」
「竜二のチョコなら僕、欲しい」
「売り場は女だらけだぞ、恥ずかしいっつってんだろ阿呆」
ふうんと薄いリアクションはいつものことで、竜二はもう次の仕事の打ち合わせを始めていた。


そして迎えた、14日の夕。
部屋に来た魔魅流が唐突に言う。
「竜二、目をつむってて」
「何でだよ」
「いいから、お願い」
請われて竜二は、薄目を開けた。

目を閉じてと言われて、はいそうですかと閉じる馬鹿はいねえよ。
見られて都合が悪いモンなら、なおさら見ないとな。
いっそ堂々と盗み見る竜二に気づいているのかいないのか、魔魅流は懸命にごそごそやっている。
何か小さなものをつまみあげ、

「竜二、くち開けて」
キスで押し込まれた、小さなチョコレート。
「僕が竜二にあげるね」
優しく囁いた声、伏せられた長い睫毛。
「竜二、だいすき」

体温で溶けたチョコと甘ったるい舌が絡みつくのを感じながら、竜二は後ろ手でそっと、ラッピングされた小箱を隠した。





あとがき
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