TexT;ぬらり(まみ竜)

□さくらさくら
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(霞か雲か、朝日に匂う)

「何がお前の幸せなのか、本当は誰もわからないんだがな」
そう言って、その人は魔魅流にひどいことをしたので。
可哀相な魔魅流は、幸せ、が何なのかわからなくなってしまった。


おお、と声を上げたのは竜二だった。
「桜が満開だ、すげーな魔魅流」
丘の斜面に植えられた桜は、競うように花を開いていた。
白く煙る花雲は晴天の下、咲き誇りながら静寂に満ちている。
振り向けば魔魅流はいつもの無表情で、けれど満開の桜を背後に従えた姿はやはり美しかった。

「お前、なんか言うことねーのか」
竜二が尋ねると、魔魅流は首を傾げる。
「……」
「桜がキレイとか、風が冷たいとかさあ」
口を開く気配がないのに焦れて、竜二は言葉を継ぐ。
「キレイで、冷たい」
予想通りの言葉に、何が?と言ってやると、魔魅流はまた首を傾げた。

はあ、と竜二は嘆息する。
今更ながら、自分には忍耐が足りないと思う。
この赤ん坊の相手をするには根気がいるのだ。
学べ、考えろ、と言っても実践には程遠い。
人の言いなりでは幸せになれない、ような気がする。

「お前の幸せって何だろうな、魔魅流」
それは自然に零れた疑問だった。
「竜二と居ること」
打てば響くような応えに、竜二は渋面を作った。

お前の幸せ、それは自分の足で立つことじゃないのか、と竜二は思う。
自分で考え判断し行動する、その自由は何にも勝ると思っている。
一挙手一投足を他人に委ねるのは、依存だろう。

竜二と居たい、というのは、竜二に依存したい、と同義ではないのか。
それは幸せでなく、只の馴れ合いだ。

しかし問題は。
魔魅流を憎からず思う、この心。
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