TexT;ぬらり(まみ竜)

□たとえばこんな一日
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「回り道だ」
簡潔に説明してやって、手近な自販機を物色する。

どれにする?と竜二が問うと、迷いなく伸びた人差し指が一つを指し示す。
しょうがねえ、奢ってやる、と聞かれもしないのにうそぶいて、出した飲料は魔魅流に任せ、自分のを選択する。
続いて、乱暴な音と共に出たのに屈みかけた時、栗色の頭がさっと動いた。
足元に屈み込む魔魅流の頭なぞ、見るのは久しぶりな気がして、竜二は何となしに狼狽する。
「はい、竜二」
渡されたジュースは冷えて、触れた魔魅流の指先も冷たい、心臓が跳ねたのはそのせいだ。
ジュースを続けて握ったせいだろう、理由をつけても冷たい感触は竜二の右手から去らなかった。

できるだけ日陰を選び、喉を潤しながら歩く。
それでも直射日光は容赦なく降り注ぎ、いま飲んだ水分すら出て行きそうだ。
「魔魅流、左側歩け」
指示して左右の立ち位置を変えてみる、が、
「…駄目か」
「なに?」
何でもないんだが、と竜二は髪をかき上げる。
「お前の影に入ろうとして、失敗した」
「ずるい」
口調に責める響きはなく、竜二も笑みを浮かべている。
「でかいんだから、それくらい役に立ってもいいだろう?」
片手で魔魅流の背を叩く。

家まであと少しの所にある、小さな神社の境内に人影はなかった。
狭い敷地に木が鬱蒼と枝を広げ、吹き渡る風は本来の涼を届けてくれる。
「魔魅流」
傍らを見上げ、竜二は手招きした。
少し屈んだ魔魅流の肩を引き寄せ、もっと屈ませ、口づける。
触れるだけのキス。

爪先立ちした踵を下ろし、栗色の瞳を覗き込んで、竜二が笑う。

「誕生日おめでとう、魔魅流」

「…ありがとう」
唐突な祝福に面食らったのか、常以上に無表情な魔魅流は返答がやっとのようだ。
「忘れてたのか?」
そんな反応に気を悪くすることなく、竜二は空いている手を握りこんだ。
繋いだ手からは、いつもの魔魅流の体温が伝わってくる。
「うん、気付かなかった」
「ばぁか」
境内出るまでな、と言い訳をして、手を繋いだまま歩く。

「もしかして」
急に魔魅流が立ち止まったのは家の門を潜ってから。
「何だよ」
後ろを歩いていた竜二は、魔魅流の背に鼻をぶつけそうになり、慌てて停止した。
「このケーキ、誕生日の?」
手に提げた袋を示して心底驚いた様子の魔魅流に、竜二も心底脱力した。
「…ばぁか」
ケーキ食べて、虫歯になっちまえ、赤ん坊め。

良く晴れた日。
ハッピーバースデイ、魔魅流。




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