TexT;ぬらり(まみ竜)

□春一番
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もうじき、ここ京都に春が来る。

竜二は庭先の白い沈丁花を見つけ、そう考えた。
ここ数日の陽気で、いくつかの蕾がほころんでいる。
仕事がら外出の多いせいか、季節の変化には割と敏感だ。
寒い季節が苦手で、いいかげん冬に飽きると春の兆しを探してしまう。

梅はまだ、冷える時分。
桜はあまり好きじゃない。

ちょうど中間あたりで花開く沈丁花が、竜二にとっての春の兆しだった。

「魔魅流、沈丁花が咲いたぞ」
教えてやると、魔魅流は首をかしげ、無表情なまま、ふうんと呟いた。
気の無い反応にすこし興醒める。
「春が近い」
「春って、桜じゃないの?」
「桜は…あまり、好きじゃない」

桜のころ、観光地京都はどこも人で溢れかえる。
何より、妖怪は桜を好む。
人の浮かれた気配に妖が惹かれるのか、妖気に誘われ人が心を乱すのか。
木の芽時、という言葉もある。春は危うい季節なのだ。
物の怪を祓う、陰陽師としても多忙な時節だった。

だから、沈丁花なのだ。
あと少しで香気が漂うだろう。
馥郁たるそれに覆われたら、竜二は魔魅流に教えてやろうと思う。
…かつて魔魅流が好んだ、春を。

もうじき、ここに春が来る。



あとがき
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