TexT;ぬらり(まみ竜)

□いつわりのことば
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春の宵、明日は嵐になると天気予報は言っていた。
すこし湿気を含んだ、生温かい闇。

自室で本を読んでいると、ノックの音がした。
「入れ」
目も上げずに口にする。
音もなく開いた扉の向こうに、白い磁器人形のような顔。

「…どうした」
入ってきたものの、口を開こうとしない魔魅流に焦れて、竜二は尋ねた。
「眠れないのか」
幾分からかいを込めて問うと、
「…うん」
存外素直に返って、わずかにうろたえる。
はあ、とため息をついて膝を抱えた魔魅流は、大きいくせに子供のようで、すこし可愛いと思う。

「…俺さ、」
ぽつりと言葉が落ちる。
「”能力開花”っての、やってみようと…思って…」
「……本当か、魔魅流」
知らず、声が低くなる。
才能があると言われながら、開花まであと一歩。踏み出すよう、責められていたのは知っている。
その代償も、たぶん本人よりは…知っている。

「好きにすればいい。お前が決めることだ。開花して花開院に入るか、そのままの道を歩むか」
本家に入れば、お前とは兄弟だな。
軽い口調で足せば、不安げな瞳がゆるんだ。
「ゆらが、妹になるのかな」
「そういうことになるな」

幾つか軽い雑談を交わして、笑みを交わして、でも心底ではなかった。
魔魅流は未だ怯えていたし、竜二も正確な代償は口にしなかった。
迫りくる不安だけが、明確に感じられた。

「…ねえ、竜二」
話の途切れたころ、魔魅流は言った。
「ん?」
「開花できたら、竜二に言いたいことがあるんだ」
「今言えよ」
ううん、言わない。
俯いて笑った魔魅流の首筋がやけに白くて、竜二の目を射る。
「それを楽しみに、頑張ろうかなーって」
「…なんだよ、それ」

開花できたら、お前は壊れるかもしれないんだぞ。
最後まで言えなかった言葉を胸に、部屋へ帰る魔魅流を見送る。
「おやすみ、竜二。…遅くまでごめんね」
「ああ、もうめそめそすんじゃねえぞ」
「泣いてないよっ」
笑った魔魅流を、覚えておこうと思った。


部屋の扉を閉め、ずるずると座りこむ。
何も知らせず、地獄へ送り込む自分を、魔魅流は恨むだろうか。
…そんな感情が、残っていてくれるだろうか。
それでも、魔魅流に居てほしいと願ったのは、自分なのだ。

遠く、春雷が轟いた。




あとがき
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