TexT;ぬらり(まみ竜)

□ガルシア・マルケスの話
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ガルシア・マルケスの、「美しい水死人」…という話を、知っているか、魔魅流。
竜二の愉しそうな声が響く。

月明かりの下、無数の水の花が浮いている。
幻想的な光景、それは、触れたもの全てを溶かす金生水の花。
「…行け、仰言」

命と共に、花は魔魅流へ襲いかかった。
雷光で迎え撃つ。


…一体の、体の図抜けて大きな、けれど美しい顔をした男の水死体があがりました。
あまりの美しさに、村人たちは死体ながらになにくれと世話をやき、名を付けて、

滔々と流れる竜二の声に淀みはない。
式神を使役する印を結んだまま、呪文を詠唱するように語り続ける。

…再び海に葬るまでの間、体の大きさにまつわる過去を空想してはあわれむのだ。


「!」
声に気を取られた刹那、頬を掠った花がじゅうと嫌な音を立てた。
肉が焦げる臭いがしたが、かまわず札を叩きつける。
「これで、おしまい…」


言い終わらぬうちに、どうと水が立ち上がった。
「金生水の陣」
とっさに身構えた魔魅流の全身を、溶解液が包んでいく。


…あわれエステーバン、そのように背が高くては幾度となく戸框に頭をぶつけたに違いない。
ウドの大木と呼ばれ悲しい思いをしたに違いない。
美貌に恵まれもしたが、心はいつも恥じ入っていた筈だろう。


一通りそらんじると、竜二はようやく口を閉じた。
そのまま、口の端を吊り上げる。
水が引いた陣の跡、魔魅流は稲妻をまとって片膝をついていた。
周囲に、舞うように札が浮いている。

「…ふん」
すこしはやるようになったな。
満更でもない口調で言うと、魔魅流が立ち上がる。
「俺の水は、お前の雷に弱いんだよ。真っ向から押せば勝てるな」
覚えとけ、言いながら近づいて、
「…だけどな」
聞いた瞬間、呼吸が止まった。

空気が、喉を通らない。
目を見開く魔魅流に、竜二は優しい笑顔を向ける。
「水は、どこにでも忍び込む」
「ほんの少しで、気管を詰まらせれば、それでお終いだ」
「ああ、肺を満たしてもいいな」


お前、水死体になってみるか?
竜二の声は、どこまでも愉しそうだった。




あとがき
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