TexT;ぬらり(まみ竜)

□春風駘蕩
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麗らかな春の昼下がり。
珍しく魔魅流は不在で、珍しくすることもない竜二はぼうっと外を眺めている。
ふと思いついた。
(こんな昼間に、一杯呑んでみるのもいいか)
のどかな光が誘惑する。

台所を漁って、一升瓶の日本酒を片口に移し、牛肉の大和煮の缶詰、春キャベツの煮物を少々失敬する。
(どこで呑もうか)
何となし浮かれた気分になりながら、場所を品定めしてゆく。
外出するのは面倒だが、緑を眺めながらがいい。

探し当てた縁側、とろりと蕩けそうな陽気にくるまれて杯を傾ける。
甘露が口中に流れ込んで、体の芯がふわ、とほどけた。
緑は萌え、花は五分。
煮た牛肉に味が染みて、キャベツも甘い、知らず頬が緩んだ。

酒は常温。
冬が終われば燗も終わり、水の温度で染みいるのが気に入っている。
独りゆっくりと杯を重ねる、大人になってよかったと思う瞬間だ。
とろとろ、時間が流れてゆく。


夕方、魔魅流は廊下で竜二を見かけた。
「竜二」
用がある訳ではなく、ただ呼びかけただけだったが。
振り向いた竜二があまりに機嫌良さそうで、却って疑念が湧いた。

「竜二、何してたの」
「別に?家にいたぜ」
心なしか足取りが軽い、口調が軽い、包む空気が軽い。
ふうん、と呟いて魔魅流はそれ以上考えるのを止めた。
何でもいい、嬉しそうな竜二を見ると、魔魅流も嬉しいのだ。


「なあ魔魅流、」
肩を並べた竜二が言った。
「今度、暖かい日、一緒に呑むか」
もちろん、魔魅流に否やはなかった。

麗らかな春の一日。





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