短編とか。

□君の紡ぐ鳥籠
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星屑のような淡く儚げな光が輝く、空間。そこはいつも夢魔と会っている場所。
だが今回はその姿が見あたらない。その理由<ワケ>を知っている私は顔を歪ませた。


(タイムリミット、でしょ)


分かってる。小瓶の中身が満ちたのだから、私はもうここに居られない。あるいは、居る理由が無くなっただけ、か。
どちらにせよ、終わらせる刻<トキ>なのだ。
私は震える足を一歩踏み出す。ああ、上か下か、私は今自分がこの空間のどこを歩いているのかすら分からない。きっと分かりたくないだけよ、と囁く己を本心を抑えつけて、私はもう一度一歩踏み出す。


(いや。いやよ。離れたくない、エース)


私のココロはどうしてこう、諦めを知らないのか。
未練をも知らぬ振りして、私は歩く。ただたださ迷い歩く。行き先なんて考えてないしどこだっていいと思う。彼の居ない世界だったら元の世界ですら憂鬱だから。
どうしてかな。
ちゃんと借りていた城の客室も綺麗に片付けた。ビバルディに、一応ペーターにも、別れの挨拶もした。
これでもう帰れるのよと己に言い聞かせた。


(ごめんね、ごめんねエース。あなたには何も言えなかったの)


後悔の波が押し寄せて来て、私を包んだ。
じわり、と目頭が熱くなってゆく。ごめん、ごめんなさい。愛してしまって。ごめんなさい。
私の目には泪の膜が張っていて、ぼやけて前が見えなくなっていた。
私は、墓場までこの未練を引きずって行こう。それが彼への償いだ。私なんて、一生迷って生きてゆけばよいのだ。
そこに彼と共に迷った時のような、温もりは、愛おしさは、仄かな幸せは、無い。


「ごめん、なさい。エース」


私は遂に膝に力が入らなくなって、その場にへなへなと座りこんだ。ごめん、ごめんねエース、と何度も何度もつっかえながら囁く。この場にはいない、彼に向けて。
いなかった筈の、彼に向けて。


「そんなに悪いと思ってるなら、態度で示して欲しいんだけどなぁー」


そんな言葉が耳に入って、私は遂に幻聴まできたか、と思い声のほうを見た。そして目玉が飛び出るんじゃないかという位驚いた。
赤い騎士が、いた。
目をこする。何度も瞬きをしても彼は消えなかった。


「…う、そ。なんで、どうして」

「君の口癖はいつもそれだったな。なんでー、どうしてーって」


ははは!とエースは声高らかに笑った。私は座り込んだまま、呆然としていた。
その反面、まぁエースならどこへだって迷え込めるか、と納得していたりする。それにナイトメアなりペーターなりと何かを交わせば、こんな所に入り込むなど容易いことなのかもしれない。


「で、君はどこに行くつもりだったんだ?」

「ッ、」

「俺の元、かな?まさか元の世界とか考えてないだろう?」


エースはしゃがみ込んで、私の頬を両手で包み込んだ。赤いアカい瞳がすっと細められる。
怖い。この身が潰れてしまうのではと思う程度に目が回ってきた。時計じゃない私の心臓も煩くて、頭にガンガンと響いた。


「君が帰る場所は俺の元だって、言っただろう?」

「ちが、う。だめなの。私は、……っ、」


エースは私の額に、耳に、唇に、優しくキスを落とした。そして何度も何度も耳元で囁いた。
逃がさないよ、と。


「君も迷うのが大好きみたいだな。でも、独りじゃなくって俺と一緒に旅に出てるほうが君には合ってる」

「だめなの、エース。私は、戻らなきゃいけな、……ふ、っあ」


いけないの、と続ける前に、エースはいきなり強引に口付けてきた。まるで貪るようなもので、息も出来ない程。
そして漸く口が離れたかと思ったら、今度は力強く抱きしめてきた。そしてまた囁く。逃がさない、と。
私はもう、ただ泣くことしか出来なくなっていた。エースの腕に抱かれながら、ずっとこのままでいたいと願っていた。
きっとエースは、私を留めておきたいんじゃなくて、自分を置いて行って欲しくないだけ。分かってる。それでも私は彼を愛しているし、彼は私を必要としている。ただそれだけ。されど私達は離れては生きてゆけないのかもしれない。


「だめ、なのに、」


それは喉元で錆び付いて、言葉になる前に崩れて消えた。




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