短編とか。
□夢見月
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面影は美しい。
それは失ったものは時間が止まっていて、いくら自分が前に進んだってもうそれと比べるすべが無い、そういう事。
だから死人は越えられぬ壁となるのだ…と。
「そーしくん!」
「!名前さま」
ぎゅっと後ろから大好きな背中に飛びつく。おっきくて、あったかい。大好きな彼の背中。
抱きついたら彼は一瞬バランスを崩してよろめいたけれど、すぐに回された私の腕を包み込んだ。
(私を喜ばせるのが得意ね)
「ふふ、御狐神くん。大好きだよ」
この時、愛を囁く時ばかりはいつもみたいに彼を名前で呼ばない。
(ううん、呼べないだけ)
「有難う御座います、名前さま」
彼は私の恋人だけど、愛してるとは言ってくれない。でもいい、それでも。
(だって愛してくれていないものね)
だから私は笑顔で包み込む。彼の体と心を。彼は寂しい人だから。
(悲しさも苦しさも、全部あっためてあげる)
「ねぇ、御狐神くん。あいしてるわ」
ぎゅうっと、抱きしめる力を更に強くする。
(逃げないから、逃げないで)
あの頃の面影を残す幻影に愛を囁く私はさぞかし滑稽な事だ。けれどそれでいい。
(だって彼が愛したのは彼女)
愛されたい願望を抱く。星空に願う。
(私に愛を囁いて)
けれどすべて…、無駄なこと。
(私たちは互いに面影を見ているのだから)
「僕も、愛していますよ」
彼は、私の手の甲に唇を寄せた。
(ああ、これは幸せな夢ね)
寄り添う未来を夢見てた私。ほんとうにこれが…望んだもの?
(鳴り止まぬ自問と返ってくる事は無い自答)