短編とか。

□夢見草
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※男主






「凛々蝶さま」


普段の俺からは考えられないような、優しく慈愛に満ちた声でその言葉をなぞった。
すると予想通り彼女は吃驚したようにこちらを返り見、俺だと分かるとがっかりするように肩を下ろした。


「っ!……なんだ君か」

「何、俺じゃ嫌だったワケ?」

「…君には恭しい態度が似合わないとは思うが」

「主従関係にあるんだがなぁ…一応」


けらけら笑いつつも凛々蝶を後ろからしっかり抱きしめる。逃がさない為に。
俺は凛々蝶の愛した彼には全然似ていない。似ているところよりも相違点のほうが多いくらい、だろう。
だから、わざと。わざと彼と同じように、囁く。苦しみを与える為に。
俺の痛みを知ればいい。確か始めはそんな動機からきていたはず。でも。


「愛しています、凛々蝶さま」


耳元で甘く囁く言葉。
これこそが彼女を俺の元へと縛り付ける鎖となる。幾重にも巻いてしまえばもう、逃げられない?


「まったく、君は……」


溜め息を漏らしたのはどちらか。逃げられないのはどちらか。
(彼女を逃がさない為に始めたものなのに、どうしてこんなに心が痛むんだろうな)

彼の真似をすこうししただけで分かる。彼がどれだけ彼女を慕い、愛していたか。
酷く不愉快だ。けれどこれはやめない。やめるわけにはいかない。

彼に愛された彼女を苦しめる為には。
(彼女を愛した彼を苦しませる為には)

求める愛は得られない。ただ深い傷のみが増えてゆくだけ。火傷したみたいに疼く傷が。
それでもいい。このやり場の無い思いのはけ口は、君しかないんだから。
精々、苦しめばいい。
そして、いつか俺の本心を知ってしまえばいい。


窓の外。葉桜がぶわり、揺れた。



 

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