悪ノ娘

□章四 『君の夢』
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結局その日は寝付けずに、空が白くなってから、焦って眠りについた。
どんなに時間がかかっても、フェトスの敵をとるから。
君は、どこかで、笑っていて。

「…6時、か」

王女の起床は、8時。
まだ一時間ほどあったが、支度をして待つことにした。
すると、昨日と違う、部屋の異変に気付いた。

「……服?」

小さな机の上に、紺色と白で作られた服があった。
大きなリボンとフリルがあるから、きっとメイド服だろう。
アレンが置いていったのだろうか。

「とりあえず、着替えなきゃ」

黒い方の服を手に取る。
メイド服は、以前の王宮でも着ていたから、着方は分かる。
しかし、後ろのリボンは、どうしても一人では結べなかった。
仕方なく、エプロンだけは持ったまま、アレンの部屋へと移動した。

「ねぇ、アレン。おきてる?」

「え?あぁ、ちょっと待ってて。今開けるよ」

扉を開けて出てきたアレンは、既に少し汗をかいていた。
部屋の中を覗くと、ベッドの上に、剣が転がっていた。

「どうしたの?」

「リボン、結んで欲しいんだけど」

「ああ、いいよ。じゃあ、後ろを向いて」

私が、向きを変えると、慣れた手つきでリボンをまわしていく。
転がっていた剣が気になって、たずねてみた。

「…剣、練習してたの?」

「うん、我侭な王女がいるから、中々暇が無くて」

「ふぅん、まぁ、その剣のご厄介にならないように気をつけるわ」

「どうぞご自由に」

冗談っぽく笑って返すけど。
実際は笑い事じゃないんだ。
私には、アレンの心の底が見えない。

「ほら、出来た」

「ありがと。前のメイドより上手だわ」

「伊達に毎日やってないからね」

「王女の洋服を?」

「そう。でもこれからは、君の仕事だよ」

そう言うと、アレンは私の肩をぽんと叩いた。
小さな仕草にさえ、私は警戒してしまう。
そんな私を嘲笑するように、レンは言葉を続けた。

「そんなに怯えなくてもいいのに」

「そりゃあ怯えるわよ。気付かないうちに首と胴体がサヨナラするかもしれないのに」

「不意打ちはしないよ。仮にも剣士だ」

「ふぅん」

「あ、君に、モーニングティーの入れ方、教えて無かったね」

アレンは、思い出した、というように、手を叩いた。
しかし、紅茶の入れ方くらい知っている。
馬鹿にされているのかと思い、不機嫌そうに答えた。

「紅茶くらい入れられるわ」

「でも、王女の好みは知らないだろう?」

「あ……」

「やっぱり。王女は朝、ミルクティーしか飲まないよ。それも、ミルクたっぷりの」

「茶葉は?」

「ひとつしか用意してないから大丈夫」

「そう、ありがとね。そろそろ行くわ」

「ねぇ、ソフィリア」

アレンの部屋を出ようとしたその時。
ふと、低い声で呼び止められた。

「何?」

「………似合ってるよ」

熱っぽい目で言われて、思わず顔が熱くなる。
それを悟られないように、とっさに顔を背けた。

「そ、そう!そういってもらえると嬉しいわ。じゃあ、また後で!」

「うん、じゃあね」

投げやりに挨拶をしたにもかかわらず、アレンの言葉は優しかった。
私はすぐに、部屋を出てしまった。
別に、惚れたとかそんなのじゃない。
ただ、ただ、不意を突かれただけ。
敵の味方なんだ、こんなふうに、心を許しちゃいけないんだ。
分かってる!分かってる!分かってる……はずなのに。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

だんだんと火照ってくる頬を押さえながら、台所に向かう。
その先には、一人の老人がいた。

「おや?あなたは?」

「あ、本日より、王女の世話役を勤めさせていただきます、ソフィリアです」

頭を下げながら自己紹介をすると、老人も、頭を下げた。
胸に、ピンがついていたから、執事のようだ。
アレンは、召使だといっていたし。

「そうですか、気が回らず申し訳ございません。モーニングティーの準備ですかな?」

「はい、ミルクティーを…」

「用意してありますよ。時間もありますし、あなたも飲んでみては?」

「お気遣いありがとうございます。では、いただきますね」

執事の入れたミルクティーを、一口口に含む。
ミルクの甘みが、口いっぱいに広がった。

「おいしい……」

「ほっほっほ、それはよかった。王女もお気に入りですよ」

ただ、この暖かさで、睡魔が襲ってきた。
目覚めの紅茶で、眠くなるってのも、寝不足のせいだろうか。

「大丈夫ですか?目の下にくまが」

「あ、大丈夫です、ただちょっと、寝付けなくて…」

「それでしたら、少しの時間、お休みください。8時前になったら、起こしますので」

「いいんですか?…ありかとうございます」

そうして、私は、少しの時間だけ仮眠をとることにした。
台所の小さな椅子に腰掛けて。

短い眠りの中で、長い夢を見た。
私の目の前で、フェトスが笑っている。
なのに、手を伸ばしても届かなくて、もどかしくて。
泣き叫びながら、彼に手を伸ばした。
名前を、何度も呼んだ。なのに彼は、笑っているだけ。

「…ス、フェト…スぅ………!」

無意識に、腕を前に出す。
その手を、フェトスは握ってくれた。
暖かい手に包まれた手が、強く握られる。

「ぅ……ん…!」

目を覚ますと、目の前は、真っ暗だった。
思考がよく回らないが、何かが聞こえる。
とくり、とくり、と、規則的な心音だった。
その音にうっとりと聞き惚れてしまう。
そして、まばたきをすると、滲んでいた視界が戻り、黒のリボンが、見えた。
まさか。

「アッ…………!」

「あ、起きた?」

握っていたのは、アレンの手だった。
平然としているアレンの手を、強く払った。
しかし彼は、悪びれる様子もなく、私の頭を撫でた。
あたりが眩しい。

「は、離して!」

「…ごめん。つい、」

「ついじゃないわよ!何勝手なことして…っ、え…」

私は、やっと気付いた。
アレンが私を撫でた理由を。

「ほら、泣いてるじゃないか」

「っ、これ、…は…!」

「悪い夢でも見たんだろう?だから、慰めてあげてたんだ」

泣いて、いる?
悪い夢じゃなかった。彼は、手を握ってくれた。
なのに、何で泣く必要があるんだろう。
馬鹿みたいだ。

「泣いてない!……悪い夢も、見てない」

「そう、それならいいけど」

俯いて、膝を抱える。
ああ、また涙が出てきた。
悲しいことなんて無いのに。

「…さしずめ、あの男のことだろう?」

「な、なんで…知って…」

「この間、彼を処刑したのは僕だ」

「!!」

ああ、こいつか。
王女よりも、私は、コイツを殺さなければいけないんだ。
悪の娘の我侭に痺れを切らしたフェトスは、
悪の召使に殺されたんだ。

「――――!!」

考えるよりも先に、体が動いた。
近くにあった、小さなナイフ。
それを武器にして、アレンの喉元に襲い掛かった。
案の定、短剣で防がれてしまったけれど。

「愛は、想い人が消えてから、本領を発揮する」

「………?」

「昔、誰かが残した言葉さ。もう、忘れたけれど」

それがどうした。
問題はそうじゃない。
お前は、フェトスの仇なんだ。
私が殺すべき人間なんだ。

「その愛は、縛めと呼ぶことが出来る、ってね」

「…何が、言いたい」

「君があまりにも苦しそうだから、その縛めから解放される方法を教えてあげようかと思って」

「何を訳の分からないことを……っう、ん!」

私の言葉をさえぎるように、アレンの唇が私の口を塞いだ。
目を閉じることが出来なかった。
閉じてしまえば、錯覚してしまいそうで。
私の大好きな、あの人の口付けと。

「あくまで、少しの時間だけどね」

「…………」

「誘ってるんだけど、返事は?」

「……………好きに、しなさい」

ああ、神様。
私は、悪に染まったもうひとつの悪でしょうか。
それとも、悪に捕らえられた無粋な天使でしょうか。

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