盗賊討伐隊隊長、というのが現在の俺の肩書である。
文字通り、盗賊や謀反人の討伐の任に当たっている。
というのも、ここしばらくの間の楽園の治安というものは本当に酷い状態にあると言っていい。
中央の幹部達の命令に従わず、反逆を企てている輩が僅かながら存在しているのだ。
そうした奴らを片づける為に、俺達は動いている。
ただ1つだけ、心残りという訳ではないが、気になっている事がある。
・・・・・・その謀反を企てているグループの頭が、ガキの頃からの親友だった影虎であるという事だ。
意見の食い違いから、またいつものように口論が始まった。
簡単に言えば、幹部の命令に従うかどうかだ。
初めのうちは軽くあしらっていたが、その時の影虎の切れ方は異常だった。
確かに最近の命令はどこかおかしいとは思ってはいたが、それが命令に背いていいという理由にはならない。
それを説明しても影虎は聞く耳を持たず、数匹の犬を引き連れて去っていった。
俺はしばらくすれば戻ってくるだろうと踏んだが、結局その日を境に影虎が俺達の元に戻ってくる事は無かった。
唯一無二の親友を失った。
そう思った。
今の政権を奪うのは、牛耳っている連中が憎いからじゃない。
そのやり方に納得が出来ないからだ。
そしてそのやり方に全くの疑問を持たず、ただ従っていくだけの石頭どもがイラつくから。
全ては楽園の為を思っての事だが、どうやらあのバカには理解できなかったようだ。
だから俺は群れから離れた。
親友なんて言うガラじゃねえが、ガキの頃からの幼馴染と袂を分かつ事に何の未練も無い訳じゃない。
俺だって可能なら衝突なんてしたくない。
だが状況が状況だ。
これ以上事態を悪化させる訳にはいかない。
力ずくでもあのバカをねじ伏せて、思い知らせてやるしかない。
そう心に誓ったはずだったが、あいつを俺の手で傷つける事になる考えると、その決心が鈍ってしまいそうになる。
俺の中のあいつの存在はそれだけ大きいとでも言うのか・・・・・・
牙城の中で人間を食い散らかしていた巨大な怪物と対峙する。
前方には怪物、後方には崖。
怪物が見据えるのはウィードだ。
隙を突いて影虎が怪物に飛びかかった。
しかし影虎の牙が怪物に届く事は無く、逆に怪物の重い反撃を食らってしまう。
影虎は顔面から多量の血を流し、地面を転がりながら吹き飛ばされた。
そしてそのまま崖下へと投げ出された。
この高さから落ちてはひとたまりもない。
いくらこの下に川があるとはいえ、もし川に着水できなければ間違いなく影虎は死ぬ。
瞬時にそう悟った俺は、自分の身を顧みず影虎の尾を掴んだ。
しかし・・・タイミングが遅すぎた。
既に俺の足は地面から離れていた。
次の瞬間からは体に幾度となく突き刺さる激痛。
俺と影虎の体が岩肌に叩きつけられながら落下していく。
それでも俺は渾身の力を振り絞って影虎の尾を掴んだ。
意識を失うまで、ずっと。
怪物のカウンターで吹っ飛ばされた瞬間、世界がスローモーションになった。
回転する視界がゆっくりと動く。
牙城と空が映り、ウィードとGB、剣。
そして、切り立った崖。
瞬時に迫り来る絶望。
落ちる。
スローモーションの世界が現実に戻った。
ああ、俺の命もここまでだったか。
そう思っていた時だ。
崖下へ落ちそうになっていた俺の尾を、剣が捨て身で掴んできたのだ。
何を考えているんだ、このバカは。
自分の命を張ってまで助けに来るなんて、バカにも程がある。
その目には涙が滲んでいる。
『お前を捕まえるのが俺の役目だ』
谷底へ落下しながら剣が叫ぶ。
力強く俺の尾を掴み、何度体を打ちつけられても、その力が緩む事は無かった。
お前って奴は・・・本当に大バカ野郎だぜ・・・・・・
『・・・・あの場所から落ちて、よく生き残ったもんだな。』
「ああ。ウィードがいなけりゃ死んでたな。」
『まったく、ある意味あの怪物よりもバケモンかもしれねえな。』
あの怪物による一件が全て終わり、だいぶほとぼりも冷めてきた。
俺達があの怪物と共に渓谷へ落ちた時、もしウィードの機転が無かったら。
俺達も怪物と共に命を落としていただろう。
こんな小さな子供が命の恩人というのは変な話だが。
多くの仲間に囲まれて眠るウィードを横目に、これからの事を考える。
楽園に大きな爪痕を残していった怪物はもういない。
しばらくの間は人間の立ち入りも頻繁にあったが、今はほとんど無くなった。
人間を襲っていた黒幕が我々ではない事を知り、野犬狩りをする人間も減った。
「・・・・・・取り戻したんだな、楽園を」
『ああ・・・・・・しかし、元通りになるには時間がかかるだろうな。ここを離れた奴も少なくはない。』
「仲間も、あの戦いでずいぶん減っちまったしな・・・・・・」
『・・・・・・・・・影虎。』
「あ?」
『お前が生き残ってくれて良かった。』
言い終わってから、影虎が吹き出した。
・・・俺は何か変な事を言ったか?
「・・・何言ってんだよ、バカが」
『本気でそう思ってる。崖からお前と落ちた時、初めて気付いたんだ。自分の命を捨ててでもお前を守っ・・・・・・』
「だーーっ!! うるせえんだよ!!」
『・・・・・・なんで切れるんだよ・・・』
顔を逸らされた。
相変わらずだな、全く。
『とにかくだ。俺はお前の事が好きなんだよ。お前の為なら命捨てられるくらいにな。』
「・・・・・・気持ちわりー事言うんじゃねぇよ・・・・・・・・・」
『照れるな照れるな。』
「照れてねー!!」
顔を赤くしながら噛みついてくる影虎。
それを紙一重でかわす。
『一度は意見の不一致で分裂したけどよ、今はもうあの時とは違う。
楽園を再建する為にお前が必要なんだ。俺と一緒にウィードを支えていこう。』
「・・・・・・へっ、まぁ確かにお前だけじゃ頼りねぇな。
いいぜ。俺も崖から落ちた時に気付いたしな。お前の事、そこまで嫌いじゃねぇかも・・・ってな。」
『・・・それでこそお前だよ、影虎。』
親父が戦友だった事から、息子である俺達は物心ついた頃から一緒に居て、兄弟のように育てられた。
本当の兄弟と変わりがない・・・・・・いや、むしろ本当の兄弟よりも親しい仲だったかもしれない。
いつも一緒に遊んでいたと、周りの連中はよく口にする。
俺達にしてみればそれが日常であり、当たり前の事になっていた。
どんなに激しい喧嘩をしても、次の日になればお互い喧嘩の事など忘れて、いつも通り一緒に遊んだりしていた。
今までずっとそうだった。
そしてこれからも、そんな関係が続いていく。
そんな気がする。