鋼の錬金術師

『負』の裏にある、或る『正』(後編)
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「『寂滅の錬金術師』フォール・ロットの娘を出せ!」

「!!……『フォール・ロット』……。父さんの名前!?」



反射的に外へ出ようとして、『壁』にぶつかった。

………、『壁』?



「出てくるな…」



再びテントに入って来たその声の主は、傷の男(スカー)…。



「っ〜〜〜〜〜〜…。……な、なんで…」

「お前が出て行っても、何も変わらん…」

「何も変わらん…って…」

『わあぁ!!』

「「――――――っ!?」」

「な、何!?」

「っ――――――!…お前は此処に居ろ…」



そう言って傷の男(スカー)はテントから出て行く。

出るな…って言われても、父の名前を名指しで呼ばれて、気にならない訳がない。

テントの入口の隙間から、そっと外の様子を伺うと、沢山の人の群の向こう側で、リックが柄の悪い男達に人質に取られていた…。



「(リック―――!)」

「さっさと『寂滅の錬金術師』の娘を出せって言ってんだよ!!早く出さねェと、このガキがどうなっても知らねェぞ!!あぁ!?」



そう言ってその男は人質に取っているリックの首にナイフを突きつけた。

本気だ…。

その上、目もちょっとイッてる感じだし、なんかヤバイ…。

リックを助けなきゃ…。

そう思ってテントから出たら、傷の男(スカー)が男達の前に出ていた。



「(…アイツ……)」

「……そんな者は此処には居ない…」

「おっちゃん!」

「あぁ?…何だ、てめェ!」

「……去れ…」

「オレ達はなぁ、確かな情報で此処に来てんだよ!!居ねェ訳ねェだろ!!?」

「…もう一度言う……。……去れ……」

「てめェには関係ねェ!さっさと探せ!」



男がそう言うと、後ろに控えていた仲間らしき男達が、貧民街(スラム)の中を散っていく。

辺りにいる人達に乱暴しながら徘徊する男達。

私は耐えられなくなって、思わず叫んだ。



「ちょ…ちょっと、待ちなさい!…『寂滅の錬金術師』の娘は私よ!…私が目的なら、今すぐリックを離して!」

「…!」

「あぁ?……何だ、やっぱり居るんじゃねェか……。よぉし…女、さっさと此処へ来い!」

「…リックを離してからよ!」

「…チッ……。ほらよ…」



リックが男から離れると同時に、私は男に近付く。

この男達に捕まったら、多分…きっとロクな事がないって直感で判る…。

…それでも…、同胞を、仲間を、…リックを傷付けられるよりはマシよ…。

そう思っていたら、突然視界が真っ暗になって、男の悲鳴が聞こえた。

何が起きたのか、全く判らない。

そして、訳が判らないまま、再び叫び声が聞こえた。

今度は、男の―――…。

多分…目の前の…。



「ぐあああっ!!」

「!?……な、何!?」

「……愚かな…。………出てくるな、と…言った筈だ…」

「そ、そんな事より、今の悲鳴まさか…」

「…見るな……」



後ろから聞こえる傷の男(スカー)の声で、目を塞いでいるのが彼だという事が判った…。

グッと力が込められて、目を塞いでいる彼の手を退けられない。

鼻をつく、僅かな血の匂い…。

その匂いを吸った時、脳裏に父が殺された時の映像が浮かんだ…。



傷の男(スカー)が、父を殺した時の、あの紅い映像が……。



「………っ、……」

「……戻るぞ…」



恐らく血塗れで倒れているであろう男に振り返らず…振り返られずに、気持ちが優れないまま私は傷の男(スカー)に連れられて、テントへと戻った…。



「………っ、…」

「……何を考えている…」

「………私…此処を出る……。また、ああいう奴等が来ないって保証はないから…」

「……、…此処に居ろ…」

「え?」

「お前が心苦しく思う必要はない。イシュヴァールの民は、誰もお前を非難しない…」

「…………。……だ、だって……っ…、もし、私の所為で他の人が傷付いたら…」

「………」



滲んでくる涙を必死で堪える。

でも高ぶった気持ちには勝てなくて、それに比例して涙が溢れてきた。

不意に、フワリと身体が揺れた。

頭を引き寄せられたのか…、私は顔を上げられない上に動けないでいた…。



「………」

「……泣くな…」



耳を刺激した低いその声は、紛れもなく傷の男(スカー)のもの…。



「………」

「………」



沈黙は心地よくて、高揚した気持ちが少しずつ安らいでいく。

暖かい……。



「………、もう自分の前で人が死ぬとか…そんなの…嫌なの…。……軍に両親を殺されて……、……っ、…貴方に…父さんを…殺されて……」

「………」

「…もう、やだ…」



この時…、相当気持ちが滅入っていたのか、無意識に傷の男(スカー)の服を掴んでいたのに気付かなかった…。



「………」

「……私は……、………っ!?」

「……」



僅かな圧迫感と、背中に感じる暖かい感触。

少し苦しくて、でも暖かくて……優しい抱擁。

憎んでいた筈なのに、嫌っていた筈なのに……。

どうしても振り解けなかった。

あまりにも、その抱擁が心地よくて――――――……。



なんで…こんなに落ち着くんだろう…。

よく判らないけど……私…、前程この人を憎んでいない……。

そんな、気がする――――――……。

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