長編・第一部
□第一章 予兆
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謎の抗体『X‐naught』を奪り還えせ!
第一章 予兆
或る平日。
天気は曇り。
太陽は厚い雲に隠れ、一筋の光も射さない。
今にも雨が降りそうな灰色の空を見上げながら、私は授業中、窓の外をぼんやりと見ていた。
嫌な雲行き。
遠く、遥か遠くの空で弱く光っては、雷鳴がする。
こんな日に限って、彼らの事ばかりが思い浮かぶ。
今日は仕事なのだろうか、それとも、無くて『HONKY TONK』で頬杖付きながら溜息を吐いているのだろうか…。
一人は、たれながらぼんやりと、もう一人は、煙草を吸いながら苛々と……。
放課後、授業も終わり、部活もないので帰ろうと校門まで友人と歩く。
だが、校門の方には、何やら人集りが出来ていた。
この高校は各業界のトップの子孫が通う、都内でも有名な進学校。
この高校を出た殆どの生徒が、様々な分野・業界で好成績を修めている。
実際、雪の今の両親はこの高校の出であり、また兄も生徒会長を務め、校内成績トップで卒業した。
校門の前の人集りを見つめている雪と、友人である森沢鶫。
野次馬心にかられ、鶫は雪を引っ張って人集りの中心へと入って行った。
「ちょっと鶫!」
「いいからいいから。気になるじゃない?」
興味津々な友人に苦笑し、抵抗もせずに人集りの中心に辿り着くと、其処には一台のリムジンが止まっていた。
大凡、生徒の誰かを迎えに来たのだろうとそう思い、只々他の生徒達に混ざって傍観していると、リムジンのドアが開き、中から数人のSPのような男達と共に、身に仕立ての良いスーツを着て黒のサングラスを掛けた、一人の男が出て来た。
男は、雪と鶫の目の前に立つ。
そしてサングラスを外すと、彼は問うた。
「桜羅グループ社長令嬢、桜羅雪様でいらっしゃいますか?」
名指しの問いは、何かと良い印象を持たない。
以前もこうして、誘拐事件に巻き込まれた事もある。
雪は警戒心を解かず、慎重に答えた。
「…そうですが、…貴方は……?」
多少強気で此方も問う。
こうしなければ、あっという間に引き込まれてしまうからだ。
見かけによらない強気の答えに多少驚いたのか、男は恭しく一礼をすると、己の名を語った。
「私は鷹官 秋と申します。主人の遣いで参りました。私と共に、主人の元へ来て頂きます…」
「え……?…あ…、でも、私は…」
戸惑う雪に、鷹官は淡々と話し続ける。
「失礼かとは思いましたが、少々調べさせて頂きました。アルバイト先である、喫茶店『HONKY TONK』へは、予め連絡を入れてあります。貴方のご両親にも了解を頂いております。……では、参りましょうか」
有無を言わさず雪の腕を掴み、車の中へと引き入れようとする鷹官。
一瞬気押され、黙していた鶫がやっと我に返り、掴まれていない雪の腕を掴んで叫ぶ。
「ちょっと待ちなさい!何勝手な事言ってんのよ!雪を離しなさい!!」
鶫が啖呵を切って鷹官に言い放つと、鷹官の横に並んでいたSPの男に押し退けられた。
その反動で鶫が地面に倒れそうになる。
「鶫!」
だが、間一髪のところで、鶫は誰かによって支えられた。
雪の目に映ったのは、優しそうな相貌に金色の髪の毛。
そう、天野銀次だった。