長編・第一部
□第三章 依頼
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謎の抗体『X‐naught』を奪り還えせ!
第三章 依頼
雪が『鷸坂家』の使いである『鷹官 秋』によって連れ去られようとしたあの日から十数日。
再び来る事を予想し、注意しつつ生活していたが、彼らが現れる気配は一向になかった。
不安を抱きつつも学校から帰った雪は、ポストに入っているダイレクトメールに目を落とす。
『桜羅 雪 様』。
宛先名のところには、自分の名前が書いてある。
なんだろうと、差し出し先の住所を見ると、『鷸坂総合病院』と書かれていた。
「!『鷸坂総合病院』…」
『鷸坂総合病院』は、桜羅家が昔から世話になっている病院。
その院長は、雪の父の友人である。
部屋へ戻ってダイレクトメールの封を切ると、中には一ヶ月前ほど受けた定期検診の結果の書類が入っていた。
結果は全て異常なし。
何処にも病気らしい病気は見当たらなかったらしい。
結果を見てホッとすると、雪はなんとなく『HONKY TONK』へと出掛けた。
喫茶店『HONKY TONK』。
今日も今日とて、カウンター席で暇そうにしているGet Backersの二人。
「はぁ〜〜〜……。仕事来ないねぇ〜〜〜…。雪ちゃんも今日、バイトは休みだっていうし…。せめて雪ちゃんが来てくれればなぁ〜〜〜」
「………」
カウンターのテーブルに顎を載せて、ぼーっとしている銀次。
そして銀次とは反対に、銜えた煙草に、なかなか火の点かない『zippo』をカチカチとやりながら苛々している蛮。
そんな二人を横目で見つつ溜息を吐きながら新聞を開く波児と、一生懸命仕事をこなす夏実。
いつもの変わらぬ情景が流れる中、突然『HONKY TONK』のドアのベルが鳴った。
お客か、はたまた雪か……。
そう期待して一斉にドアを見ると、其処にいたのはヘヴンだった。
「はぁ〜い皆さーん、お久しぶり〜〜〜」
陽気な声で入ってくるヘヴンに、銀次が明るい表情で迎える。
「ヘヴンさーーーん!」
「相変わらず二人共暇そうねぇ〜。………し・ご・と、持ってきてあげたわよ」
「本当〜!!」
「ケッ。まぁた、くだらねェ仕事だろうが……取り敢えず、聞いてやっか…」
蛮の言葉にムッとしたが、ヘヴンは仕事の依頼主を連れ、定番のボックス席に座ると、話を始めた。
話によれば、仕事の内容は、あるコンピュータ企業が開発した未発表のソフトウェアの奪還。
開発当初、二企業で開発を行っていたのだが、片方の企業に不祥事が発覚し、もう片方が単独で開発を進める事になったという。
途中、悪質な嫌がらせが多々あったが、それを乗り越え、何とかソフトウェアの開発を終えた。
だが、数日後に発表会見をするというところまで来た矢先、ソフトウェアが奪われたのだ。
話の脈絡から蛮が睨んだとおり、盗んだ人間は不正の発覚した企業の幹部。
開発した企業の、開発部取締役の依頼人が、他の企業に発表されるのを恐れ、奪還の依頼に来たという。
報酬は破格の一千万。
それだけ、価値のあるソフトウェアなのだろう。
「一千万!!?い、いいい一千万!?一千万だって、蛮ちゃーん!!」
驚く銀次に、依頼主は必死な顔で頼み込む。
「今後の日本のコンピュータ業界を担っていくかもしれない、期待のソフトウェアなんです!お願い致します!どうか、どうかあのソフトウェアを取り戻して下さい!!」
依頼主を静かに見ていた蛮は、組んでいた腕を解き、立ち上がって言った。
「……わかった…。この依頼、引き受けたぜ!」
「どうぞよろしくお願い致します!」
依頼人は丁寧にお辞儀をすると、ホッとした表情で『HONKY TONK』から去って行った。